ペルシャ神話persia

ペルシャの神話

『インド・ペルシャ神話と傳說』(馬場吉信・松村武雄編、昭和八年)からペルシャ神話をいくつか抜き出してみました(下のハイパーリンクをクリックすると小見出しに跳びます)

宇宙創造

人間創造

ペルシャの神話は尊い神アフラ・マズダが善なる万物を創造し邪霊アングラ・マイニウがそれを妨害して悪なる万物を創造する善悪二元論の話ですが最終的には善なる神が勝利するので一元論とも言えます

悪魔が人間に悪を齎すという考えは新約聖書とコーランにも同様に見られます

一方旧約聖書は幼い時から人は悪いと言っています

☞創世記8:21

(☞をクリックすると旧約聖書の逐語訳が開きます)

宇宙創造

世界の初めに、アフラ・マズダといふ尊い神と、アングラ・マイニウといふ邪惡な精靈とがあつた。

アフラ・マズダは、限りない光明の世界に住んで居り、アングラ・マイニウは、涯もない暗黑の深淵に住んでゐた。

そしてその光明の世界と暗黑の深淵との間は、何一つ存在しない空の空であつた。

アフラ・マズダは、さまざまの生物をつくり出した。

しかし始めは目に見える形を持つてゐなかつた。

この尊い神は、自分がつくり出したすべての生物を、三千年の間考へることもなければ、動くこともない無形の靈の姿にして置かうと思つたのであつた。

邪惡なアングラ・マイニウは、アフラ・マズダが、いろんな生物を造り出したといふことを聞き込むと、

『なにを小癪な。

おれがアフラ・マズダの世界に行つて、何もかも叩きつぶしてやる』

と云つて、暗黑の深淵から脱け出して、光明の世界にやつて來た。

しかしいよいよアフラ・マズダのところに來て見ると、威儀堂々として、力が强く德が高かつたので、

『これは驚いた。とてもおれなんか敵ひさうにない』

と、始めの凄じい勢はどこへやら、這々の體でもとの暗黑世界に逃げ歸つた。

そして、

『アフラ・マズダがあんなに偉くては、おれ一人の力ではどうすることも出來ぬ。

よしおれを助けてくれるものを造ることにしよう』

と云つて、數々の惡魔をこしらへた。

アフラ・マズダは、早くも光明世界からそれを見てとつて、

『今のうちに、何とか片をつけて置かねばならぬ』

と思つた。

そこでわざわざ暗黑世界に降つて行つて、アングラ・マイニウに會つて、

『お前や、お前のこしらへた生物は、壽命に定めがあるだらう』

と云つた。

アングラ・マイニウは、口惜しさうな顔をして、

『さうだよ。それがどうしたのいのかね』

と云つた。

『どうぢや、わしが造り出したすべての生物を助け讃へてくれないか。

さうしたらお前にも、お前のこしらへた生物にも、不滅の命を與へることにしてやるが.....』

と、アフラ・マズダがおとなしく相談を持ちかけた。

と、アングラ・マイニウは、凄じい聲で唸り出して、

『それは御免を蒙らう。

わしはお前のこしらへた生物を助けたり讃へたりすることは出來ぬ。

わしは彼等を滅してしまふか、それともお前の許を離れて、わしの心になびくやうにするつもりだ』

と、どこまでも挑みかかつた。

しかしアフラ・マズダは落ちついた樣子で、

『それでは、わしたちは、めいめい自分の好きなやうにするほかはない。

わしたちはお互いに爭ひ合ふまでぢや。

しかしいつまで爭つてゐても仕方がない。

どうぢや、爭ひの期限をきめようではないか』

と云つた。

『よからう』

と、アングラ・マイニウが應じた。

『ではその期限を九千年としようではないか』

と、アフラ・マズダが云つた。

『よからう』

と、またアングラ・マイニウが答へた。

アングラ・マイニウは、九千年が過ぎても、自分の勢力がまだ績くものと思つて、うかとこんな約束をしてしまつたのであつたが、尊い神には、ぢやんと未來の見通しがついてゐたのであつた。

始めの三千年の間は、アフラ・マズダの思ふことが何でも叶ふのであつて、邪惡の靈はこれを妨げることが出來ぬ。

次の三,千年の間は、二人の思ふことが互ひにかち合つて、どちらもうまく行かぬ。

そして最後の三千年の間に、邪靈アングラ・マイニウは、すつかりアフラ・マズダに征服せられてしまふことになつてゐるのを見破つてゐるのは、尊い神だけであつた。

始めの三千年の間は、アフラ・マズダがこしらへた生物は、何の害も受けないで、無形の靈、潜める力として生きつづけた。

その時期が終ると、アフラ・マズダは、形のあるさまざまの物を造り始めた。

彼は先づ天空を造り、それから星を造つた。

星の數は、六百四十八萬に及んだ。

アフラ・マズダは、それ等の星をそれぞれ大空の四方に配つて、四人の首領に司配させることにした。

東の方の首領は、チシュトリアと呼ばれ、西の方の首領は、サタヴュースと呼ばれ、南の方の首領は、ヴァナンドと呼ばれ、北の方の首領は、ハプトーク・リングと呼ばれる。

星くづが出來上ると、アフラ・マズダは、次に月をこしらへて、それから太陽をこしらへた。

その間邪靈アングラ・マイニウは、昏々として眠りつづけてゐた。

ジャヒと呼ばれた女性の惡魔がそれを見て、

『どうもしようがないな。

アフラ・マズダが、どんどんいろんなものを造り出してゐるのに、うちのお首領は、のんきに眠りこけてゐるからな』

と、頻りに氣を揉んでゐたが、たうとうたまりかねて、アングラ・マイニウの側に駈けつけて、

『お首領、起きて下さい。

わたしたちはこの世界に騒動を起さうではありませんか』

と叫んだ。

しかしアングラ・マイニウは、內心アフラ・マズダが恐いので、女魔の呼ぶ聲に目を覚ましても、やはり眠つたふりをしてゐた。

ジャヒは氣を苛つて、

『お首領、早く起きて下さい。

アフラ・マズダが勝手なことをしてゐますよ。

早く邪魔をしてやりませう』

と叫んだ。

女魔が三度叫ぶと、三度目にアングラ・マイニウが、むつくと起き上つた。

そしてジャヒの頭に接吻をしながら、

『そなたは、わしに何か望むことがあるのね』

と尋ねた。

『ええ、さうですよ、若い男の姿が見たいんですよ』

と、女魔が答へた。

と、その言葉が終るか終らないうちに、魔王アングラ・マイニウの姿は、十五歳の若い男に變じた。

女魔は大いに喜んで、

『さあ、すぐに天界に行つて、アフラ・マズダの仕事の邪魔をしてやりませう』

と云つた。

『よし、承知ぢや』

アングラ・マイニウはかう叫んで、數々の惡魔どもを引きつれて、まつしぐらに天界目ざして駈け出した。

彼は天空を見ると、

『ほお、おれの知らぬ間に、變なものが出來たな』

と云つて、蛇のやうにそこに躍り込んで行つた。

空は狼に襲はれた羊のやうに、顫ひ戰いた。

勢に乘つたアングラ・マイニウは、アフラ・マズダが造り出したすべてのものに飛びついて行つて、片端からそれを傷つけ汚した。

見る間に世界がくら暗になつた。

『うまい、うまい。

今度はかうしてくれるぞ』

と、アングラ・マイニウは、かずかずの惑星をこしらへて、アフラ・マズダが任命した星座の首領たちに對抗させた。

惑星は凄じい勢で、神が造つた星くづにぶつつかつて行つたので、滿天星どもは駿き畏れて、右往左往に逃げまどうた。

アフラ・マズダに率ゐられた天使の群ァメシャ・スペンタやヤザタたちは、天下の一大事と、必死となつて、邪靈に率ゐられた惡魔群と闘つた。

そして大小の惡魔どもをひつ摑んでは、天界から暗黑の深淵へと投げ落しつづけた。

全世界を揺り動かすほどの激しい戰が、晝を九日、夜を九夜行はれた。

さうしてゐるうちに、大空に堅固な壘壁が築き上げられたので、さすがの惡魔軍も、もはや手の出しやうがなくなつて、すごすごと暗黑世界に引きかへしてしまつた。

戰が止むと、アフラ・マズダは、また創造の仕事をつづけた。

尊い神は今度は數々の水の流をこしらへた。

これ等の流は一しよに集つて、ヴールカシャ(『廣大なる深淵』の義)といふ海となる。

ヴールカシャ海は、アルブールズ山の南の果に當つて、大地の三分の一を占めてゐる。

それは一千の湖の水を含んでゐると信ぜられた。

あらゆる水は、アルドヴィ・スーラ・アナーヒタ(『濕ひて强く且つ汚れ無きもの』の義)といふ泉から流れ出る。

流れ出た水は、かずかずの河となつて大地を濕ほすのであつた。

邪靈アングラ・マイニウは、これを見ると、またむらむらと惡氣を起して、旱魃の惡魔アパオシャを呼び出して、

『お前、天界に上つて、水の流の邪魔をしてやれ』

と云ひつけた。

アパオシャはすぐに天界に上つて行つた。

そして夏の間大地に水を惠むことを司つてゐるチシュトリアのところに來て、流を堰き止めようとして、二人の間に烈しい爭ひが起つたが、たうとうアパオシャの力が盡きて、天界から投り出された。

アフラ・マズダは、更に創造の仕事をつづけて、今度は新たに大地を造ることにした。

尊い神は、先づチシュトリアに云ひつけて、古い大地の上に大雨を降らせた。

忽ち大地は一面の水となつて、邪惡な生物の毒をすつかり洗ひ淨めた。

☞創世記7:10-12

(☞をクリックすると旧約聖書の逐語訳が開きます)

水が減くにつれて、三十三種の陸地が造られた。

尊い神はこれを七つの部分に分けることにした。

それを見た邪靈アングラ・マイニウは、

『アフラ・マズダめ、いろんなものを造り出すな。

癪にさはる奴だ。

一つ邪魔をしてやらう』

と云つて、大地の腹の奧に潜り込んだかと思ふと、內側から烈しくこれを揺り動かしたので、今まで平らであつた大地のところどころに大きな山が出來た。

眞先に出來上つたのはアルブールズ山であつた。

この山が現れると、大地のところどころが、それにつれてむくむくと動き出して、さながら大きな樹のやうに雲を貫くほど聳え立つた。

つぎにアフラ・マズダは、さまざまの草木をこしらへることにした。

天使の群アメシ・スペンタの一人であるアメレタートが、尊い神の仰せを受けて、ありとある植物を細かにつき砕いて、それを水に溶かすと、狼星がその水をあまねく大地に撤きちらしたので、やがて人間の頭に髪の毛が生えるやうに、到るところに草木が芽を出した。

その中の一萬の草木は、邪靈アングラ・マイニウが、生物を苦しめるためにつくり出した一萬の病氣も遂ひ退ける力を持つてゐた。

大海ヴールカシャのただ中には、特に『あらゆる種を含む樹』が生え出た。

大地に現れたすべての草木が、いつまでも絶え果てないやうにといふ、アフラ・マズダの有り難い考へからである。

それからまた『あらゆる種を含む樹』の側に、尊い神は、ガオケレナ(『牛角』の義)といふ植物を生ひ出でしめた。

この植物は、あらゆる草木の首領で、これを口にするものは、盡く不滅の命を得るのであつた。

尊い神は、宇宙をいつまでも生々とさせて置かうと思つて、この靈木をつくら出したのであつた。

これを見た邪靈アングラ・マイニウは、ひどく機嫌を惡くして、

『アフラ・マズダの奴、ほんとに癪にさはることばかりしでかすな。

よし、おれがあの樹を枯らしてやるぞ』

と云つて、ヴールカシャ海の水底深く一匹の魔の蜥蜴を造り出した。

蜥蜴はガオケレナの根を咬んで、いつかはそれを枯らさうとしてゐた。

と、尊い神は早くもそれを悟つて、カルといふ魚を十尾こしらへて、魔の蜥蜴に當らせることにした。

十尾のカル魚は、かはるがはる蜥蜴のそばを泳ぎ廻つて、ガオケレナの根を咬まうとすると、すぐに飛びかかつて行くのであつた。

次にアフラ・マズダは、火をこしらへて、世界を喜ばした。

よいものの現れるのが大嫌ひのアングラ・マイ二ウは、またひどく腹を立てて、

『アフラ・マダスの奴、また變なものを造つたな。

よし、今度だつて邪魔をしないでは置かないぞ』

と云つて、火が燃えるときには、いつもいやな煙が出るやうにした。

次にアフラ・マズダは、さまざまの動物を造ることにした。

尊い神は、素晴しく强くて美しい一頭の牛をこしらへた。

この中には、すべての動物の種が含まれてゐるのであつた。

邪靈アングラ・マイニウは、それを見ると、目の色を變へて、

『またいやなものを造りをつたな。

こりやぢつとしてはゐられないぞ』

と、すぐにその牛の側にのこのことやつて來た。

アフラ・マズダは、彼の姿を見ると、

『あの男、またわしの仕事の邪魔をしに來たな』

と思つて、大急ぎでビーナークといふ靈妙な果實をすりつぶして牛に食べさせた。

果實の不可思議な力によつて、アングラ・マイニウの邪惡な災を防がうとしたのである。

しかしアングラ・マイニウが、牛の側にやつて來て、凄い眼でぢつと見据ゑてゐると、牛はやがて病にかかつて、次第に痩せ衰へて、はては最後の息を引きとつてしまつた。

と思ふと、牛の靈魂ゲーウシュ・ウルヴァンが、その體からするすると脱け出して、アフラ・マズダの許にやつて來た。

そして一千の人間が一度に呼び出したやうな大きな聲で、

『邪惡なアングラ・マイニウが、勝手なことをしてゐるのに、あなたはどうしてぢつとしておられるのです。

いつぞや、あなたは、偉い男をこしらへて、すべてのものを保護させてやるとおつしやつたのですが、その男はどこにゐるのです。

今のやうにアングラ・マイニウが惡いことをしてゐては、わたくしは、さまざまの動物を養い育てて行くことは出來ませぬ』

と云つた。

これを聞くと、アフラ・マズダは眉をひそめて、

『わしは確かに偉い男をこしらへてやると云つたが、まだ時が來ないのぢや』と答へた。

しかし牛の靈魂は、この答に滿足することが出來なかつたので、星の世界に歩いて行つて、先のやうに大きな聲で叫びつづけた。

あまりその聲が大きいので、月や太陽のあるところまで、がんがん鳴り響いた。

さうしてゐるうちに、たうとう時期が來たので、アフラ・マズダは、牛の靈魂に對つて、

『もう安心するがよい。

ゾロアステルといふ偉い豫言者をこの世に送り出すことにしたから』

と云ふと、ゲーウシュ・ウルヴァンは、やつと安心して、ありとある動物を養い育てて行くやうになつた。

暫くすると、死んだ牛の體から五十五種の糓物と十二種の藥草が生え出した。

アフラ・マズダが、それを月の許に送ると、月はおのが光でその種子を淨めた。

その種子から一匹の牡牛と一匹の牝牛とが生れ、それから二百八十二種の動物が生れた。

アフラ・マズダは、獸を大地に棲ませ、鳥を空中に棲ませ、魚を水の中に棲ませることにした。

かやうにして、尊い神アフラ・マズダは、邪靈アングラ・マイニウに、度々仕事の邪魔をされながら、たうとう宇宙創造の大事業を完成した。

人間創造

人間創造 (その1)

天や地や太陽や月や星が出來たあとで、尊い神アフラ・マズダは、自分の體から出る汗で人間をこしらへて、これにガヤ・マレタン(『人生』といふ意味)といふ名を與へた。

ガヤ・マレタンは、十五歳の若者の姿をして、神の汗から生り出でたのであつた。

背が高くて、色が白くて、體中が光り輝くいてゐた。

それを見ると、邪靈アングラ・マイニウが、

『アフラ・マズダめ、また碌でもないものをこしらへたな。

何とかけちをつけなくぢや、腹の蟲が納まらぬぞ』

と思つてゐると、ジャヒという女性の惡魔が、アングラ・マイニウの側にやつて來て、

『何でそんなにつまらなささうな顔をしてゐるのです』

と尋ねた。

『アフラ・マズダが、人間なんて變なものをこしらへて、體中を光り輝かせて、得意になつてゐるのぢや。

どうも癪にさはるよ』

と、アングラ・マイ二ウが答へた。

これを聞くと、ジャヒは笑ひ出して、

『そんなことが癪にさはるのでしたら、人間の體に毒を注ぎかけたらいいでせう』

とそそのかした。

『よからう。

さうしよう』

アングラ・マイニウはかう答へて、ガヤ・マレタンの體に毒やそそぎかけたが、それだけでは滿足がいかなかつたと見えて、窮乏、苦惱、饑飢、疾病などといふ、さまざまの重荷を背負はせた。

ガヤ・マレタンは、かうした重荷のために苦しみ惱んで、たうとう死んでしまつた。

すると暫くして、その體が黄銅となり、手や足から、金、銀、鐵、錫、鉛、水銀、金剛石が生り出でた。

その中で黄金は、ガヤ・マレタンの大切な種であるといふので、大地の保護靈スペンタ・アームマイチが、それを注意深く土の中に納めて置いた。

すると四十年たつて、その種から一對の男女が生れ出でた。

男の名をマーシアといひ、女の名をマーシオーイーといつた。

かうしてこの世に人間がだんだんと殖えて行くやうになつた。

人間創造 (その2)

昔樂園の主なる神が、最初の人間を造つた。

神は人間をして暗黑の惡魔と闘はせようと思つたので、これに五つの武器を授けた。

暖い微風がその一であり、强い風がその二であり、光がその三であり、水がその四であり、火がその五である。

人間は、先づ暖い微風を體に纏うて、その上に光を著けて、その上を水で蔽つて、更にその上を强い風で包むと、火を投槍として、まつしぐらに暗黑の惡魔を攻め立てに駈け出した。

暗黑の惡魔は、煙と、焰と、燃えさかる火と、闇と、雲とを援軍として、人間を迎え撃つた。

烈しい戰が永くつづいた。

その間どちらが勝つともわからなかつたが、二十年たつと、たうとう暗黑の惡魔が勝ちを制して、人間から光明を奪つて、暗黑の中に包んでしまつた。

最初の男女の仕業

人類最初の男女であるマーシャと、マーシオーイーとが、尊い神アフラ・マズダの汗から生り出た時には、人間の姿をしてゐないで、樹の形をしてゐた。

しかも男と女とがわかれてゐないで、お互ひにくつついてゐた。

しかし暫くたつと、相分れて、立派な二人の人間となつた。

アフラ・マズダは、自分の前に二人を呼び出して、

『お前たちは、世界中の人類の祖先ぢや。

そして神を尊ぶやうに造られたのぢや。

だからいつも神の掟に從つて、よいことを考え、よいことを口にしなくてはならぬ。

忘れても惡魔どもを崇め敬つてはいけないよ』

と敎へ悟した。

二人の男女は、手に手をとつて、世界に乗り出して行つた。

そして世界にあるさまざまのものを見ると、心から神の業の貴いことに驚嘆して、

『アフラ・マズダさまは、本當にお偉い方だな。

水や、大地や、植物や、動物や、星や、月や、太陽や、そのほかいいものは何でもすつかりお拵へになつた。

マズダさまの恵みと正義とのしるしでなくて、何でせう』

と話し合つた。

これが人類の祖先が言葉を交した最初の言葉であつた。

しかし暫くすると、『偽り』の精靈が、知らぬ間に二人の胸の中に巢喰つた。

それで二人の目がくらんで、

『いや、水や、大地や、植物や、動物や、星や、月や、太陽などを拵へたのは、アフラ・マズダではない。

アングラ・マイニウぢや』

と云ひ出した。

これを聞くと、邪靈アングラ・マイニウは、心窃かに喜び勇んで、

『しめ、しめ、二人の男女の心が、大分ひねくれて來たぞ。

この分なら、今におれの餌食となつてしまふぞ』

と、ひとりでほくそ笑んでゐた。

マーシャとマーシオーイーとは、生れて二十日が間は、草の葉を體に纏うて、食物を口にしないで、あちらこちらと歩き廻つてゐた。

三十日過ぎた頃、二人は、とある廣野にやつて來た。

と、そこに白い毛をした一匹の牝山羊が、悠然として草を食べてゐた。

二人はその乳房に口をつけて、心ゆくばかり乳を飲んだ。

それがあまりうまかつたので、マーシャは、覺えず、

『山羊の乳を飲むまでは、こんな樂しさはわからなかつた』

と云つた。

これを聞くと、アフラ・マズダは、

『わしがこしらへたものは、みんなよいものばかりである。

それだのに人間が山羊だけを讃へて、他のものをくさすやうな口振をするのは怪しからぬ』

と云つて、二人の男女から食物の味を奪つてしまつた。

それからまた三十日たつと、二人は一匹の羊のところにやつて來た。

羊は肥つて白い顎をしてゐた。

二人はその羊を殺して、木をこすつて火を起して、その火で肉を炙つた。

そしてそれを食べる前に、三握の肉を火の中に投げ込んで、

『火よ、これはお前の分前ぢや』

と云つた。

それから一片の肉を空に投り上げて、

『ヤザタよ、これはお前の分前ぢや』

と云つた。

二人の男女は、始め草の葉を體に纏つてゐたが、次には動物の皮を剝いでそれを身に著けるやうになつた。

それから暫くたつと、毛を織つて著物をこしらへたり、大地から鐵を掘り出して、さまざまの道具をこしらへたり、木を伐つて、太陽の熱を避ける住家を造つたりするやうになつた。

かうして二人は、アフラ・マズダが創造したものを勝手に利用しながら、尊い神に對して少しも感謝の意を表はさなかつたので、次第に邪靈アングラ・マイニウの誘惑に陷つて、心が荒んで來た。

そしてある日二人が喧嘩を始めて、お互ひに頭髪を摑み合つたり、擲り合つたりしてゐると、だしぬけに闇の中から、アングラ・マイニウの聲がして、

『人々よ、アングラ・マイニウを崇め尊べ』

といつた。これを聞くと、二人は牛の乳をしぼつて、惡魔どもの住んでゐるところ――大空の北の方を目がけて投げ出した。

かうして二人は惡魔に供物をささげたので、すつかり彼等の手に心を摑まれてしまつて、永い間限りない肉慾に耽ることになつた。

さうしてゐるうちに、二人の子供が生れたが、マーシャがその一人を、マーシオーイーが殘りの一人を食つてしまつた。

それからまた七人の男と七人の女とを生んだが、今度はアフラ・マズダが、マーシャとマーシオーイーとを遮つて、それを食べさせなかつたので、子孫がだんだんと殖えて行つた。

人類の祖先であるマーシャとマーシオーイーとは、百歳になつて死んだ。

國々の創造

世界の拓けた頃に、アフラ・マズダが、人類のために、かすかずの國を造つた。

最初に造つた國は、アオリアナ・ヴァエーゴーであつた。

この國は、ヴァングヒ・ダーイチチャ河の岸に沿うてゐて、ペルシャ人の本土となつた。

ここで最初の動物の牡牝が生れた。

アングラ・マイニウは、それに氣がつくと、

『よし、アフラ・マズダがそんなものを造つたら、おれにも覺悟があるぞ』

と云つて、河の中に毒蛇を生れ出させ、また人間を苦しめる寒い冬をつくつた。

だからこの地方では、冬が十ケ月もつづくのに、夏は二月しかない。

その二月さへ、水はもとより土までも凍つてしまふほど寒いのであつた。

二番目に出來たのは、美しい國で、一面の廣野に草や木が生々と茂つてゐた。

今日のサマルカンドのあたりである。

邪靈アングラ・マイニウは、これを見ると、

『おれだつて、負けてはゐないぞ』

と、夥しい蝗をつくり出した。

この蝗は恐ろしく貪食で、草や木を食ひ枯らすばかりでなく、家畜まで嚙み殺すのであつた。

三番目に造られた國は、マルブと呼ばれて、これも美しい地であつた。

アングラ・マイニウは、すぐに神業の邪げをしようと思つて『罪惡』と『奪掠』とを造り出したので、この國は、いつまでもいろんな敵に攻め込まれて、さんざんに荒し廻されるのであつた。

四番目に現れたのは、バークヂといふ美しい國であつた。

アングラ・マイニサは、この地を覆へさうと思つて蟻と蟻の塔とをつくり出した。

五番目には、ニサーヤといふ美しい國が出來た。

アングラ・マイニウは、それを見ると、

『よし、おれが腐敗させて見せるぞ』

と云つて、『不信』をつくつた。

六番目に造られたのは、ハロユーといふ國であつた。

この地に住む人々の間には、奇妙な風習があつて、家族の一人が死ぬと、みんなその家を立ち去つて、短くて九日、永きは一月も歸らないのであつた。

アングラ・マイニウは、この國が出來ると、

『可笑しなことをする奴だ。

よし、おれがいいものをくれてやるぞ』

と云つて、『號泣』と『淚』とをつくり出した。

七番目に出來た美しい國は、ヴァエーケレタと呼ばれた。

アングラ・マイニウはこれを汚すために、偶像崇拜のバイリカ・クナータイチを造つた。

八番目に造られたのは、ウルヴァと呼ばるる美しい國であつた。

ユーフラチス河下流に當つて、地味の豊かな牧場に富んでゐた。

アングラ・マイニウは、この國に災するために『高慢の罪』をつくり出した。

九番目に出來たのは、ケネンタといふ國であり、十番目に出來たのは、ハラヴァイチといふ國であつた。

邪靈アングラ・マイニウは、この二つの國に、それぞれ贖うふことの出來ぬ罪を造つた。

十一番目に現れたのは、ハエーツマントといふ國であつた。

殊に美しい國で、嚇々たる光明に滿ちてゐた。

アングラ・マイニウは、ひどく癪にさはつて、妖術を使ふ罪をつくり出した。

だからこの地方に住む人々は、盛んに妖術を使つて、人を殺したり害めたりするのであつた。

十二番目に出来たのは、ラガといふ美しい國であつた。

この國の人々は、お坊さんと武士と農夫との三つの階級から成つてゐた。

アングラ・マイニウは、人々の間に爭ひを起させるために、疑惑の罪をつくり出した。

だからこの地の人々は、お互いに疑ひ合つて、いつも爭いが絶えなかつた。

十三番目に造られたのは、聖カクラであつた。

美しくて土地がよく肥えてゐた。

アングラ・マイニウは、ひどくいまいましがつて、死體を料理して食ふ罪をつくり出した。

これはどんなことをしても贖ふことの出來ぬ重い罪であつた。

十四番目に出来たのは、ウァレナといふ美しい國であつた。

アングラ・マイニウは、この國の人々を困らせるために、女に月經を與へ、また絶えず他の國から厭へつけられるやうにした。

十五番目に現れたのは、今日の五河地方であつた。

アングラ・マイ二ウは、この國の人々を苦しめるために、ひどい暑氣をつくり、また女たちに月經があるやうにした。

十六番目――卽ち最後に造られたのは、今のチグリス河の水源地方であつた。

アングラ・マイニウは、この國の人々を惱すために、寒い冬をつくり出した。

天國と地獄

ヴィーラーフといふ男が死ぬと、その靈魂が體から脱け出して、冥府をさして歩き出した。

幾日か步きつづけてゐるうちに、一つの橋にさしかかつた。

橋は、尊い神アフラ・マズダの造つたもので、チンヴァットの橋と呼ばれる。

すべての死人の靈魂は、來世の世界に入る前に、先づこの橋を渡らねばならぬ。

善人の靈魂がやつて來ると、橋は、投槍を九本つないだほどの廣さになつて、無事に天國に行かせるが、惡人の靈魂がやつて來ると、忽ち一筋の絲の幅に縮まつて、地獄に落してしまふのであつた。

橋のところに、1人の麗しい乙女がゐた。

ヴィーラーフの靈魂は、かの女に對つて、

『あなたは誰です』

と尋ねた。

かの女は、

『わたしは、あなたの行為です。

あなたが現世でよい行爲をなすつたので、わたしはこんなに麗しい姿をしてゐることが出來るのです』

と答へた。

かの女がかう云つたと思ふと、チンヴァットの橋が、見る見る廣くなつた。

ヴィーラーフの靈魂は、スラオシャ(『掟への服從』を意味する)と、アータル(『火』の義)とに導かれて、やすやすと橋を渡ることが出來た。

スラオシャとアータルとは、ヴィーラーフの靈魂に、天國と地獄とを見せてやると約束した。

ヴィーラーフの靈魂は、先づ、ハミースタカーンと呼ばるるところを通つた。

そこは、善い行爲と惡い行爲とが丁度等しくなつてゐる人々の靈魂が住んでゐる場所である。

ヴィーラーフの靈魂は、そこを通り過ぎて、『善思』『善言』『善行』といふ三つの階段を登つた。

そこは、正しい人間ではあるが、特にマズダ敎の敎へるやうな德行をしたのではないといふ種類の人間の靈魂が住んでゐるところである。

この三つの階段を登りつくすと、ガロートマーン(『賞讃の家』の義)といふ場所に出る。

そこには、ゾロアステル敎の訓戒をよく守つた人々の靈魂が住んでゐた。

それ等はみな光り輝く姿をして、樂しく嬉しくあちらこちらを步き廻つてゐた。

ガロートマーンを通り過ぎると、一つの河のほとりに出た。

見ると、澤山の靈魂が、河を渡らうとして一所懸命になつてゐる。

そしてその或るものは、やすやすと渡ることが出來るが、他のものはどうしても越えることが出來なかつた。

ヴィーラーフの靈魂は、驚き怪しんで、

『あれはどうしたのです』

と尋ねた。

すると案内者の一人のアータルが、

『親戚や友達を亡くした人々が、掟に叶はぬ嘆きやうをして、つまらぬ淚を流した、その淚が集つて、この河となつたのぢや。

そして河を越えかねてゐるのは、その親戚のもの共があまり法外な、法の敎に背いた嘆き方をしたからぢや』

と敎へてくれた。

これで天國の見物が終つたので、案內者たちは、ヴィーラーフの靈魂をつれて、チンヴァットの橋まで引き返して來た。

彼等は、今度は地獄の樣子を見て廻らうといふのであつた。

彼等は、たつた今現世からやつて來た一人の邪惡な人間の靈魂のあとをつけて行くことにした。

邪惡な人間の靈魂は、裸形で、腐れ爛れて、鰐脚をした女の姿をしてゐた。

その靈魂が、よろよろと歩き出すと、忽ち鼻もちのならぬやうな惡臭を帯びた冷たい風が、さつとこれに吹きつけた。

靈魂は、その風に吹かれながら、『邪思』『邪言』『邪行』の三つの階段を登つて、とある穴のところに來た。

それは地獄の顎であつて、黑暗々の世界をなしてゐた。

そこにはいろんな惡い行爲をした人々の靈魂が閉ぢこめられてゐるのであつた。

地獄に堕ちた人々の靈魂は、生前になした惡い行為によつて、いろいろ異つた責罰に苦しまねばならなかつた。

夫に不忠實であつた女の靈魂や、履を穿かないで歩いて、大地を汚したものの靈魂は、夥しい蠍に體を刺される。

夫を嘲り辱しめた女は、その舌に縄を通して、吊り下げられる。

邪惡な王者は、五十の惡魔から鞭で叩きのめされる。

無法に家畜を殺したものは、その手足をもぎ取られる。

吝嗇漢は、拷問臺の上で、千の惡魔に踏みにじられるし、

虛言者は、いろんな蟲に舌を咬まれるし、

雇人に賃金を拂はなかつたものは、人肉を食はねばならぬ。

自分の子を殺した女は、頭に石臼を載せて、双の乳房で丘に穴を穿けねばならぬし、

自分の田畑を廣くするために、境の石を動かした男は、指と爪とで丘を切り開かねばならぬし、

約束を破つたものは、刺叉や弓の箭で絶えず體をつつかれるのであつた。

チンヴァットの橋の下には、最もひどい惡行をした人々の靈魂をおしこめて置く深淵があつた。

深淵は殆ど底知らずで、たとひ大地に生えてゐる樹を盡くその中で燃やしても、一筋の煙すら認められぬと信ぜられた。

そして深淵の底には、惡魔王アングラ・マイニウが控へてゐて、馬の立髪ほど澤山おし合ひへし合ひしてゐる邪惡な人々の靈魂に對つて、

『へへえ、どうも御苦労さま。

お前たちは、なぜアフラ・マズダのパンを食べて、おれの仕事をしたんだね。

なぜお前たちの創造者のことを考へないで、わしの意圖どほりに働いたのかね』

と嘲り笑ふのであつた。

これに反して、善人の靈魂が住んでゐる天國では、

彼等は尊い神アフラ・マズダの黄金の椅子のところに集つては、妙な樂の音に心を樂しませ、

神々の使者であるナイヨーサンガを自分たちの側に置いて、自由に用達をさせることが出來るのであつた。

☞コーラン56章11-26

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病氣退治

尊い神アフラ・マズダが、美しく輝き渡る天國を造り了ると、邪靈アングラ・マイニウは、驚きの眼を見はつて、

『素敵に立派なところを造つたな。

何とかして邪魔をしてやらなくては、腹の蟲がをさまらぬぞ』

と、いろいろ考へた末に、九萬九千九百九十九の病氣をつくり出した。

アフラ・マズダはこれに氣がつくと、ひどく心を痛めて、マートラ・スペンタといふ天使を召し寄せた。

そして、

『マートラ・スペンタよ、アングラ・マイニウが夥しい病氣をつくり出したのぢや。

このままにほつて置けば、みんな苦しみ惱まねばならぬ。

そなた、何とかしてこれを始末してもらいたい。

返體には、駿足の馬千頭、瘤の大きな駱駝千頭、おとなしい牛千頭、さまざまの家畜の牝千頭を與へることにするから』

と云ふと、マートラ・スペンタは、

『残念ではございますが、わたくしには、九萬九千九百九十九といふ夥しい病氣を退治することは出來ません』

と答へた。

尊い神は、仕方がないので、日頃使者として手許に置いてゐるナイヨーサンガを呼び出して、

『お前、御苦労だが、アイルヤマンの館に行つて、アングラ・マイニウがつくり出した數々の病を退治するやうに傳へてもらひたい。

返禮には、駿足の馬千頭、瘤の大きな駱駝千頭、おとなしい牛千頭、さまざまの家畜の牝千頭を與へるからと云つて』

と云ひつけた。

ナイヨーサンガは、馬を蹴立てて、一散にアイルヤマンの館に駈けつけた。

アイルヤマンは駭き怪しんで、

『何ぢや、どうしてそんなにあわただしく來られたのぢや』

と尋ねた。

ナイヨーサンガが、尊い神の言葉を傳へると、

『よろしい。わたしが病氣を退治することにしよう』

と答へて、アイルヤマンは、九種の馬と、九種の駱駝と、九種の牛と、九種の家畜と、九種の木の枝とを持つて、アフラ・マズダのところに行つた。

そして九つの畦をこしらへて、惡魔を追い拂ふ祈禱をすると、さしも根强かつた九萬九千九百九十九の病も、その力に敵しかねて、盡く退治せられてしまつた。

靈酒ハオマ

遠い昔にあつては、人間は病をなほす術を知らなかつた。

だから一旦重い病にかかると、ただ手を束ねて死ぬのを待つてゐるほかはなかつた。

スリタといふ賢くて富んでゐた一人の男が、それを氣の毒に思つて、いろいろと考へた末に、草の根や木の皮を藥にして、熱病や疫病やいやす術を見出した。

しかし刄物なぞから受けた傷をいやすことはまだ出來なかつたので、

『何とかして外傷をいやす手段を考へ出したいのだ』

と、いろいろ心を苦しめてゐると、クシャトラ・ヴィルヤといふものがあつて、

『わしがその手段を敎へてやらう』

と云つて、切先と背とが黄金で出來てゐる小刀をこしらへて、これをスリタに與へて、くはしくその使方を敎へてくれた。

しかしスリタは、まだそれでも滿足が出來なかつた。

彼はどうにかして不思議な靈藥を見つけ出すと、いろいろに苦心してゐたが、どうもうまく行かなかつた。

『もうこの上は神さまにおすがりするほかはない』

と考へて、ある日アフラ・マズダにそれをお願ひした。

アフラ・マズダは、かねてスリタの奇特な心がけに感じ入つてゐたので、すぐにその願いを聞き入れて、不思議な靈藥を授けることにした。

海のまん中に突立つてゐる巨木ガオケレナのまはりに、ハオマといふ草が、何千何萬と生い茂つてゐた。

アフラ・マズダは、この草に靈妙な力がこもつてゐるのを知つてゐたので、それをスリタに與へることにした。

スリタはこの藥草から靈酒ハオマを醸して、病氣にかかつたのに飲ませることにすると、どんなにひどい病人もすぐに元の丈夫な體にかへるのであつた。

かうしてスリタは、人間界に於ける最初の醫者として、

『病を病に、死を死に追ひ返す』

偉い人物と褒めたたへられるやうになつた。

ゾロアステルとその迫害

昔ブールシャスパといふ男がゐた。

あるとき靈草ハオマを口にした。

そのハオマには、偉大な人間の靈魂が含まれてゐた。

で、ブールシャスパが、ジグゾーヴァといふ乙女と結婚すると、乙女はその靈魂を孕んで、一人の偉い男の子を生んだ。

それが有名な豫言者のゾロアステルである。

惡魔どもは、ゾロアステルを怖れて、これを殺さうと、いろんな手段をめぐらした。

尊い神アフラ・マズダは、ゾロアステルに宗敎の眞髄を授けた。

ゾロアステルは熱心にアフラ・マズダの敎を說いたので、惡魔どもは、いよいよ躍氣となつて、彼に迫害を加へるやうになつた。

ある時、惡魔王アングラ・マイニウが、自分の部下の惡魔の一人であるブーイチを呼び出して、

『ゾロアステルの奴が、いい氣になつて、神の敎を人間に說き聞かせてゐる。

小癪な奴ぢや。

お前、行つてあいつの息の根をとめてしまへ』

と云ひつけた。

惡魔は、すぐにゾロアステルの側にやつて來た。

ゾロアステルは、早くもそれを悟つて、神を讃へる祈をとなへつづけたので、惡魔は、その力を失つて、アングラ・マイニウのところに逃げ歸つてしまつた。

ゾロアステルは、尊い神アフラ・マズダから授かつた大きな石を熱心に揺り動かしてゐた。

魔王アングラ・マイニウは、彼のところにやつて來て、

『お前は、どうしてそんな大きな石を揺り動かしてゐるのぢや』

と尋ねた。

ゾロアステルは平然として、

『わしは、惡魔王が造つたすべての邪惡なものをうち殺さうとしてゐるのだ。

わしは、サオシャント(ゾロアステルの敎義を廣める使徒たち)が東の方旭の出る國の湖から生れて來るまで、かうしてゐるのだ。

サオシャントが生れて來たら、魔王ァングラ・マイニウを斃して、死者を復活させるであらう』

と答へた。

これを聞くと、アングラ・マイニウは、心の中で大いに駭き懼れて、

『神々しいゾロアステルよ、どうかわしの創造したものを破壊しないでくれ。

お前の母親や祖先たちは、みなわしの禮拜者であつた。

お前もマズダの敎を棄てて、わしの禮拜者になるがいい。

さうすれば、わしは、お前に千年の間ペルシャの國民を治める運命を與へてやることにするよ』

と、言葉巧みにゾロアステルを誘惑した。

しかしゾロアステルは、きつばりとそれを刎ねつけて、

『愚かなことを言はぬがよい。

わしはたとひ命を失つても、尊い神の敎を棄てはしないぞ』

と云つた。

アングラ・マイニウは、言葉を改めて、

『一體お前は、誰に云ひつかつて、わしが造り上げたすべてのものを破壊しようとするのぢや。

そんな大膽なことをするための武器は何ぢや』

と尋ねた。

『尊い神アフラ・マズダの命令ぢや。

武器は、ハオマの液汁、神聖な臼、神聖な盃ぢや。

わしはこの命令に從つて、これ等の武器によつて、お前とお前の造り上げたものとを滅すのぢや』

ゾロアステルは、断乎としてかう答へた。

魔王はますます駭き怖れて、すごすごと立ち去つた。

火の起原

ある日、ホーシャング王は、數々の從者をつれて、山坂を登つてゐた。

と、その行手に恐ろしい形相をした怪人が現れた。

爛々たる双の眼は、まるで血潮の泉のやうで、大きな口から濛々と噴き出す煙は、渦卷き返つて空を暗くしてゐた。

しかし大膽なホーシャング王は、びくともしなかつた。

怪人の前に突立つて、暫くぢつと睨みつめてゐたが、やがて大きな石を拾ひ上げて、はつしと投げつけた。

途端に怪人がひらりと身をかはしたので、石は的をはづれて、傍に突き出してゐた岩に烈しく中つた。

と、岩から火花が迸り出て、それが野原の草に燃え移つて、一面の火となつた。

その火の中に怪物は姿を消してしまつた。

かうしてホーシャング王は、始めて人類に對する光明である火を見出した。

王は火の不可思議な力を畏れ敬つて、大地にひれ伏して、

『おお尊き神よ、われ等のためにかかる貴い賜物をくだし給はつたことを、心から感謝いたします』

と云つた。

そして従者たちに對つて、嚴かに、

『これこそ神が人類に授け給はつた天の光明である。

そなた達は、懸命にこれを仰ぎ敬はねばならぬぞ』

と敎へ悟した。

かくてホーシャングは、火の焰を神の光明と呼びなして、これを拜し敬ふ拜火敎を創めた。

王は、火を發見した喜びを記念するために、その夕、大きな火を點じて、おのが館に盛んな饗宴を催した。

そしてその宴をサダーの祭と呼んだ。

賢明なこの王者は、岩から鐵を採ることを考へ出したり、

水渠を掘つて、乾き切つた地に灌ぐ術を創めたり、

牛や驢馬や羊を飼ふことや、犬を馴してさうした家畜の番をさせることや、

木の葉を衣とするかはりに、貂や狐の皮を利用することや、

木の實のほかにパンを作つて食ふことなどを人々に敎えたりした。

Office Murakami