四つの福音書による一つのイエス物語314
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書を一つのイエス物語に纏めました
マルコ→マタイ→ルカ→ヨハネの順にイエス物語は発展していきます
物語の初めから終りまでを331の話に分け話の一つ一つを四福音書の日本語訳を並べる形で紹介しています
福音書の日本語訳は英国聖書會社「新約全書」(明治三十九年発行)、日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)、日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)を並べて比較できるようにしました
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314
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イエスの脇腹から血と水が流れ出る
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上の言葉が四福音書の中でどう記されているか、記されていないか
ΚΑΤΑ ΜΑΡΚΟΝ  ΚΑΤΑ ΜΑΤΘΑΙΟΝ ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ ΚΑΤΑ ΙΩΑΝΝΗΝ
馬可傳iケ書 馬太傳iケ書 路加傳iケ書 約翰傳iケ書
マルコ傳iケ書 マタイ傳iケ書 ルカ傳iケ書 ヨハネ傳iケ書
マルコによる福音書 マタイによる福音書 ルカによる福音書 ヨハネによる福音書
19;31〜37
第一九章三一〜三七節
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英国聖書會社「舊新約全書」(明治三十九年発行)の「新約全書」で見てみましょう
約翰傳iケ書第一九章
三一 是日は筵の備日なり此安息日は大なる安息日なれば屍を十字架の上に置ことを欲ざるが故にユダヤ人ピラトに對かれらの脛を折て其屍を取除ことを求へり
三二 是に於て兵卒等イエスと偕に十字架に釘られしの一人の脛を先にをり次に亦一人の脛を折
三三 後にイエスに來しに已に死たるを見て其脛を折ざりき
三四 一人の兵卒戈にて其脅を刺ければ直に血と水と流出たり
三五 之を見し證を立その證は眞なり彼また自ら言ところの眞なるをしる爾曹をして信ぜしめんが爲なり
三六 この事成り錄して其骨の一をもざるべしと有に應せん爲なり
三七 また他の書に彼等の刺しを彼等觀べしと云り
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日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)で見てみましょう
ヨハネ傳iケ書第一九章
三一 この日は準備日なれば、ユダヤ人、安息日に屍體を十字架のうへに留めおかじとて(殊にこの度の安息日は大なる日なるにより)ピラトに、彼らの脛ををりて屍體を取除かんことを請ふ。
三二 ここに兵卒ども來りて、イエスとともに十字架に釘けられたる第一のと他のものとの脛を折り、
三三 而してイエスに來りしに、はや死に給ふを見て、その脛ををらず。
三四 然るに一人の兵卒、にてその脅をつきたれば、直ちに血と水と流れいづ。
三五 之を見しもの證をなす、其の證は眞なり、彼はその言ふことの眞なるを知る、これ汝等にも信ぜしめん爲なり。
三六 此等のことの成りたるは『その骨くだかれず』とある聖旬の成就せん爲なり。
三七 また他に『かれら己が刺したるを見るべし』と云へる聖句あり。
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日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)で見てみましょう
ヨハネによる福音書第一九章
三一 さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。
三二 そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。
三三 しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。
三四 しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。
三五 それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。
三六 これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。
三七 また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。
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