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四つの福音書による一つのイエス物語154 |
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マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書を一つのイエス物語に纏めました |
マルコ→マタイ→ルカ→ヨハネの順にイエス物語は発展していきます |
物語の初めから終りまでを331の話に分け話の一つ一つを四福音書の日本語訳を並べる形で紹介しています |
福音書の日本語訳は英国聖書會社「新約全書」(明治三十九年発行)、日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)、日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)を並べて比較できるようにしました |
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154 |
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多くの弟子に去られる |
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上の言葉が四福音書の中でどう記されているか、記されていないか |
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ΚΑΤΑ ΜΑΡΚΟΝ |
ΚΑΤΑ ΜΑΤΘΑΙΟΝ |
ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ |
ΚΑΤΑ ΙΩΑΝΝΗΝ |
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馬可傳iケ書 |
馬太傳iケ書 |
路加傳iケ書 |
約翰傳iケ書 |
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マルコ傳iケ書 |
マタイ傳iケ書 |
ルカ傳iケ書 |
ヨハネ傳iケ書 |
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マルコによる福音書 |
マタイによる福音書 |
ルカによる福音書 |
ヨハネによる福音書 |
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6;60〜66 |
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第六章六〇〜六六節 |
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英国聖書會社「舊新約全書」(明治三十九年発行)の「新約全書」で見てみましょう |
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約翰傳iケ書第六章 |
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六十 弟子等のうち多の人これを聞て曰けるは此は甚しき言なり誰か能これを聽んや |
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六一 弟子の此言について譏をイエス自ら知て彼等に曰けるは此言に因て礙く乎 |
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六二 もし人の子の故の處に升を見ば如何 |
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六三 生命を賜る者は靈なり肉はuなし我なんぢらに曰し言は靈なり生命なり |
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六四 然ど爾曹の中に信ぜざる者あり夫イエスの如此いへるは信ぜざる者は誰おのれを賣す者は誰といふ事を元始より知ばなり |
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六五 イエスまた曰けるは是故に我さきに我父あたへざれば人よく我に就るなしと言しなり |
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六六 此後その弟子おほく返往てイエスと偕に行かざりき |
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日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)で見てみましょう |
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ヨハネ傳iケ書第六章 |
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六〇 弟子たちの中おほくの者これを聞きて言ふ『こは甚だしき言なるかな、誰か能く聽き得べき』 |
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六一 イエス弟子たちの之に就きて呟くを自ら知りて言ひ給ふ『このことは汝らを躓かするか。 |
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六二 さらば人の子の原居りし處に昇るを見ば如何。 |
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六三 活すものは靈なり、肉はuする所なし、わが汝らに語りし言は、靈なり生命なり。 |
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六四 されど汝らの中に信ぜぬ者どもあり』イエス初より信ぜぬ者どもは誰、おのれを賣る者は誰なるかを知り給へるなり。 |
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六五 斯て言ひたまふ『この故に我さきに汝らに吿げて父より賜はりたる者ならずば我に來るを得ずと言ひしなり』 |
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六六 斯において弟子等のうち多くの者、かへり去りて、復イエスと共に歩まざりき。 |
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日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)で見てみましょう |
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ヨハネによる福音書第六章 |
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六〇 弟子たちのうちの多くの者は、これを聞いて言った、「これは、ひどい言葉だ。だれがそんなことを聞いておられようか」。 |
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六一 しかしイエスは、弟子たちがそのことでつぶやいているのを見破って、彼らに言われた、「このことがあなたがたのつまずきになるのか。 |
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六二 それでは、もし人の子が前にいた所に上るのを見たら、どうなるのか。 |
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六三 人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。 |
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六四 しかし、あなたがたの中には信じない者がいる」。イエスは、初めから、だれが信じないか、また、だれが彼を裏切るかを知っておられたのである。 |
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六五 そしてイエスは言われた、「それだから、父が与えて下さった者でなければ、わたしに来ることはできないと、言ったのである」。 |
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六六 それ以来、多くの弟子たちは去っていって、もはやイエスと行動を共にしなかった。 |
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Office Murakami |