四つの福音書による一つのイエス物語99
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書を一つのイエス物語に纏めました
マルコ→マタイ→ルカ→ヨハネの順にイエス物語は発展していきます
物語の初めから終りまでを331の話に分け話の一つ一つを四福音書の日本語訳を並べる形で紹介しています
福音書の日本語訳は英国聖書會社「新約全書」(明治三十九年発行)、日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)、日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)を並べて比較できるようにしました
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099
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毒麦の譬の説明
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上の言葉が四福音書の中でどう記されているか、記されていないか
ΚΑΤΑ ΜΑΡΚΟΝ  ΚΑΤΑ ΜΑΤΘΑΙΟΝ ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ ΚΑΤΑ ΙΩΑΝΝΗΝ
馬可傳iケ書 馬太傳iケ書 路加傳iケ書 約翰傳iケ書
マルコ傳iケ書 マタイ傳iケ書 ルカ傳iケ書 ヨハネ傳iケ書
マルコによる福音書 マタイによる福音書 ルカによる福音書 ヨハネによる福音書
13;36〜43
第一三章三六〜四三節
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英国聖書會社「舊新約全書」(明治三十九年発行)の「新約全書」で見てみましょう
馬太傳iケ書第一三章
三六 遂にイエス衆人を歸して家に入り其弟子きたりて曰けるは畑の稗子の譬を我に解たまへ
三七 之に答て曰けるは美種を播は人の子なり
三八 畑はこの世界なり美種は是天國の子なり稗子は惡魔の子類なり
三九 之をまく敵は惡魔なり收穫は世の末なり刈は天の使等なり
四十 稗子の斂て火に焚る如く此世の末に於ても此の如くなるべし
四一 人の子その使たちを遣して其國の中より凡て躓礙となるまた惡をなす人を斂て
四二 之を爐の火に投入るべし其處にて哀哭切齒すること有ん
四三 此とき義人は其父の國に於て日の如く輝かん耳ありて聽ゆるは聽べし
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日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)で見てみましょう
マタイ傳iケ書第一三章
三六 爰に群衆を去らしめて、家に入りたまふ。弟子たち御許に來りて言ふ『畑の毒麥の譬を我らに解きたまへ』
三七 答へて言ひ給ふ『良き種を播くは人の子なり、
三八 畑は世界なり、良き種は天國の子どもなり、毒麥は惡しきの子どもなり、
三九 之を播きし仇は惡魔なり、收穫は世の終なり、刈るは御使たちなり、
 されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし。
四一 人の子、その使たちを遣さん。彼ら御國の中より凡ての顚となる物と不法をなすとを集あて、
四二 火の爐に投げ入るべし、其處にて哀哭、切齒することあらん。
四三 其のとき義人は、父の御國にて日のごとく輝かん。耳あるは聽くべし。
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日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)で見てみましょう
マタイによる福音書第一三章
三六 それからイエスは、群衆をあとに残して家にはいられた。すると弟子たちは、みもとにきて言った、「畑の毒麦の譬を説明してください」。
三七 イエスは答えて言われた、「良い種をまく者は、人の子である。
三八 畑は世界である。良い種と言うのは御国の子たちで、毒麦は悪い者の子たちである。
三九 それをまいた敵は悪魔である。収穫とは世の終りのことで、刈る者は御使たちである。
四〇 だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終りにもそのとおりになるであろう。
四一 人の子はその使たちをつかわし、つまずきとなるものと不法を行う者とを、ことごとく御国からとり集めて、
四二 炉の火に投げ入れさせるであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
四三 そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。耳のある者は聞くがよい。
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