四つの福音書による一つのイエス物語35
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書を一つのイエス物語に纏めました
マルコ→マタイ→ルカ→ヨハネの順にイエス物語は発展していきます
物語の初めから終りまでを331の話に分け話の一つ一つを四福音書の日本語訳を並べる形で紹介しています
福音書の日本語訳は英国聖書會社「新約全書」(明治三十九年発行)、日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)、日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)を並べて比較できるようにしました
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035
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中風の人を癒す
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上の言葉が四福音書の中でどう記されているか、記されていないか
ΚΑΤΑ ΜΑΡΚΟΝ  ΚΑΤΑ ΜΑΤΘΑΙΟΝ ΚΑΤΑ ΛΟΥΚΑΝ ΚΑΤΑ ΙΩΑΝΝΗΝ
馬可傳iケ書 馬太傳iケ書 路加傳iケ書 約翰傳iケ書
マルコ傳iケ書 マタイ傳iケ書 ルカ傳iケ書 ヨハネ傳iケ書
マルコによる福音書 マタイによる福音書 ルカによる福音書 ヨハネによる福音書
2;1〜12 9;1〜8 5;17〜26 5;1〜9
第二章一〜一二節 第九章一〜八節 第五章一七〜二六節 第五章一〜九節
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英国聖書會社「舊新約全書」(明治三十九年発行)の「新約全書」で見てみましょう
馬可傳iケ書第二章
一 數日の後イエス復カペナウムに來しに
二 彼の室に居こと聞えければ直に多の人集きたり門に立べき處さへもなき程なりきイエス彼等にを宣
三 此に癱瘋を病たるを四人にせイエスに來れるありしが
四 群集によりて近づきかりければ彼の居ところの屋蓋を取除き癱瘋の人を床のまゝ縋下せり
五 イエス其信仰を見て*の人に曰けるは子よ爾の罪赦されたり
六 數人の學に坐し居しが心中に謂けるは
七 斯人は何故かく惡口を言か~にあらずして誰か罪を赦すことを得ん
八 イエス直に彼等が心中に斯の如き事を論ずるを自ら其心に知て彼等に曰けるは爾曹なんぞ心中に斯る事を論ずる乎
九 癱瘋の人に爾の罪は赦されたりと言と起て爾の床を取て行と言と孰れ易や
十 それ人の子地にて罪を赦すの權威あることを爾曹に知せんとて遂に癱瘋の人に
十一 我なんぢに告おきて床を取なんぢの家に歸れと曰ければ
十二 その人ただちに起て床をとり衆人の前にいづ衆人みな駭き~を崇て曰けるは我いまだ斯の如きことを見しことなし
馬太傳iケ書第九章
一 イエス舟に登わたりて故邑に至ければ
二 癱瘋にて床に臥たるを人々舁來れりイエス彼等が信ずるを見て癱瘋に曰けるは子よ心安かれ爾の罪赦れたり
三 ある學たち心の中に謂けるは此人は褻瀆を言り
四 イエスその意を知て曰けるは爾曹いかなれば心に惡を懷ふや
五 爾の罪赦されたりと言と起てめと言と孰か易き
六 それ人の子地にて罪を赦すの權あることを爾曹に知せんとて遂に癱瘋に起て床をとり家に歸れと曰ければ
七 起て其家に歸りぬ
八 人これを見て奇み此の如き權を人に賜し~を崇たり
路加傳iケ書第五章
十七 一日イエスを爲せる時パリサイの人と法師ガリラヤのクユダヤ エルサレムより來て此に坐しぬ彼等の病を醫すべき主の能顯はれたり
十八 或人癱瘋を患たるを牀に載て來り之を家に入イエスの前に置んと欲ども
十九 群集にて入べき方なかりければ屋上に升り瓦を取除て其人を牀のま衆人の中へ下しイエスの前に置り
二十 イエスその信あるを見て患に人よ爾の罪赦さると曰ければ
二一 學とパリサイの人心に思出けるは此��瀆ことを言は誰ぞ~より外に誰か罪を赦すことを得ん
二二 イエスその意を知て答いひけるは何を爾曹心の中に論ずるや
二三 爾の罪赦さるといふと起て行と言と孰か易き
二四 それ人の子地にて罪をゆるすの權威あることを爾曹に知せんとて遂に癱瘋の人に我なんぢにおきて牀をとり家に歸れと曰ければ
二五 その人衆の前にて直に起て臥居たる牀をとり~を崇て己が家に歸ぬ
二六 衆人みな駭きて~を崇かつ大に畏懼て曰けるは我今日奇異なる事を見たり
約翰傳iケ書第五章
一 厥後ユダヤ人の筵ありければイエス エルサレムに上れり
二 エルサレムの羊門の邊にヘブルの方言にてベテスダといふ池あり此池に五の廊あり
三 その中に病瞽者、跛また衰たる者など多く臥ゐて水の動を待り
四 そは天の使時池に下て水を動すとあり水の動るのち先ちて池に人しは何の病によらず愈たり
五 三十八年病たる一人かしこに在
六 イエス彼が臥をるを見て其病の久を知これに曰けるは愈んことを欲ふや
七 病るこたへけるは主よ水の動るとき我を扶て池に入る人なし我いらんとする時は他の人くだりて我より先に入
八 イエス彼に曰けるは起よ床を取て行め
九 その人立刻に愈すなはち床を取て行めり此日は安息日なりき
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日本聖書協會「新約聖書」改譯(大正六年)で見てみましょう
マルコ傳iケ書第二章
一 數日の後、またカペナウムに入り給ひしに、その家に在すことを聞きて、
二 多くの人あつまり來り、門口すら隙間なき程なり。イエス彼らに御言を語り給ふ。
三 ここに四人に擔はれたる中風のを人つれ來る。
四 群衆によりて御許にゆくこと能はざれば、在す所の屋根を穿ちあけて、中風のを床のままり下せり。
五 イエス彼らの信仰を見て、中風のに言ひたまふ『子よ、汝の罪ゆるされたり』
六 ある學たち其處に坐しゐたるが、心の中に、
七 『この人なんぞ斯く言ふか、これは~を瀆すなり、~ひとりの外は誰か罪を赦すことを得べき』と論ぜしかば、
八 イエス直ちに彼等がかく論ずるを心に悟りて言ひ給ふ『なにゆゑ斯ることを心に論ずるか、
九 中風のに「なんぢの罪ゆるされたり」と言ふと「起きよ、床をとりてめ」と言ふと、孰か易き。
 人の子の地にて罪を赦す權威ある事を、汝らに知らせん爲に』l中風のに言ひ給ふl
一一 『なんぢにぐ、起きよ、床をとりて家に歸れ』
一二 彼おきて直ちに床をとりあげ、人の眼前いで往けば、皆おどろき、かつ~を崇めて言ふ『われら斯の如きことは斷えて見ざりき』
マタイ傳iケ書第九章
一 イエス舟にのり、渡りて己が町にきたり給ふ。
二 よ、中風にて床に臥しをるを、人みもとに連れ來れり。イエス彼らの信仰を見て、中風のに言ひたまふ『子よ、心安かれ、汝の罪ゆるされたり』
三 よ、或る學ら心の中にいふ『この人は~を瀆すなり』
四 イエスその思を知りて言ひ給ふ『何ゆゑ心に惡しき事をおもふか。
五 汝の罪ゆるされたりと言ふと、起きてめと言ふと、孰か易き。
六 人の子、地にて罪を赦す權威あることを汝らに知らせん爲に』lここに中風のに言ひ給ふl『起きよ、床をとりて汝の家にかへれ』
七 彼おきて、その家にかへる。
八 群衆これを見ておそれ、斯る能力を人にあたへ給へる~を崇めたり。
ルカ傳iケ書第五章
一七 或日イエスヘをなし給ふとき、ガリラヤの村、ユダヤ及びエルサレムより來りしパリサイ人、ヘ法學ら、そこに坐しゐたり、病を醫すべき主の能力イエスと偕にありき。
一八 よ、人、中風を病めるを、床にのせて擔ひきたり、之を家に入れて、イエスの前に置かんとすれど、
一九 群衆によりて擔ひ入るべき道を得ざれば、屋根にのぼり、瓦を取り除けて床のまま、人の中にイエスの前にり下せり。
 イエス彼らの信仰を見て言ひたまふ『人よ、汝の罪ゆるされたり』
二一 爰に學。パリサイ人ら論じ出でて言ふ『瀆言をいふ此の人は誰ぞ、~より他に誰か罪を赦すことを得べき』
二二 イエス彼らの論ずる事をさとり、答へて言ひ給ふ『なにを心のうちに論ずるか。
二三 「なんぢの罪ゆるされたり」と言ふと「起きてめ」と言ふと孰か易き、
二四 人の子の地にて罪をゆるす權威あることを、汝らに知らせん爲に』l中風を病めるに言ひ給ふl『なんぢにぐ、起きよ、床をとりて家に往け』
二五 かれ立刻に人の前にて起きあがり、臥しゐたる床をとりあげ、~を崇めつつ己が家に歸りたり。
二六 人みな甚く驚きて~をあがめ懼に滿ちて言ふ『今日われら珍しき事を見たり』
ヨハネ傳iケ書第五章
一 この後ユダヤ人の祭ありて、イエス、エルサレムに上り給ふ。
二 エルサレムにある羊門のほとりにヘブル語にてベテスダといふ池あり、之にそひて五つの廊あり。
三 その內に病める者・盲人者・瘦せ衰へたるども多しく臥しゐたり。(水の動くを待てるなり。
四 それは御使のをりをり降りて水を動かすことあれば、その動きたるのち最先に池にいるは、如何なる病にてもゆる故なり)
五 爰に三十八年、病になやむ人ありしが、
六 イエスその臥し居るを見、かつその病の久しきを知り、之に『なんぢえんことを願ふか』と言ひ給へば、
七 病めるこたふ『主よ、水の動くとき、我を池に入るるなし、我が往くほどに他の人、さきだち下るなり』
八 イエス言ひ給ふ『起きよ、床を取りあげてめ』
九 この人ただちにえ、床を取りあげてめり。その日は安息日に當りたれば、
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日本聖書協会「新約聖書」口語訳(昭和二十九年)で見てみましょう
マルコによる福音書第二章
一 幾日かたって、イエスがまたカペナウムにお帰りになったとき、家におられるといううわさが立ったので、
二 多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。
三 すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。
四 ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。
五 イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。
六 ところが、そこに幾人かの律法学者がすわっていて、心の中で論じた、
七 「この人は、なぜあんなことを言うのか。それは神をけがすことだ。神ひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」。
八 イエスは、彼らが内心このように論じているのを、自分の心ですぐ見ぬいて、「なぜ、あなたがたは心の中でそんなことを論じているのか。
九 中風の者に、あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きよ、床を取りあげて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。
一〇 しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼らに言い、中風の者にむかって、
一一 「あなたに命じる。起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
一二 すると彼は起きあがり、すぐに床を取りあげて、みんなの前を出て行ったので、一同は大いに驚き、神をあがめて、「こんな事は、まだ一度も見たことがない」と言った。
マタイによる福音書第九章
一 さて、イエスは舟に乗って海を渡り、自分の町に帰られた。
二 すると、人々が中風の者を床の上に寝かせたままでみもとに運んできた。イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、しっかりしなさい。あなたの罪はゆるされたのだ」と言われた。
三 すると、ある律法学者たちが心の中で言った、「この人は神を汚している」。
四 イエスは彼らの考えを見抜いて、「なぜ、あなたがたは心の中で悪いことを考えているのか。
五 あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。
六 しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と言い、中風の者にむかって、「起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
七 すると彼は起きあがり、家に帰って行った。
八 群衆はそれを見て恐れ、こんな大きな権威を人にお与えになった神をあがめた。
ルカによる福音書第五章
一七 ある日のこと、イエスが教えておられると、ガリラヤやユダヤの方々の村から、またエルサレムからきたパリサイ人や律法学者たちが、そこにすわっていた。主の力が働いて、イエスは人々をいやされた。
一八 その時、ある人々が、ひとりの中風をわずらっている人を床にのせたまま連れてきて、家の中に運び入れ、イエスの前に置こうとした。
一九 ところが、群衆のためにどうしても運び入れる方法がなかったので、屋根にのぼり、瓦をはいで、病人を床ごと群衆のまん中につりおろして、イエスの前においた。
二〇 イエスは彼らの信仰を見て、「人よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。
二一 すると律法学者とパリサイ人たちとは、「神を汚すことを言うこの人は、いったい、何者だ。神おひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」と言って論じはじめた。
二二 イエスは彼らの論議を見ぬいて、「あなたがたは心の中で何を論じているのか。
二三 あなたの罪はゆるされたと言うのと、起きて歩けと言うのと、どちらがたやすいか。
二四 しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威を持っていることが、あなたがたにわかるために」と彼らに対して言い、中風の者にむかって、「あなたに命じる。起きよ、床を取り上げて家に帰れ」と言われた。
二五 すると病人は即座にみんなの前で起きあがり、寝ていた床を取りあげて、神をあがめながら家に帰って行った。
二六 みんなの者は驚嘆してしまった。そして神をあがめ、おそれに満たされて、「きょうは驚くべきことを見た」と言った。
ヨハネによる福音書第五章
一 こののち、ユダヤ人の祭があったので、イエスはエルサレムに上られた。
二 エルサレムにある羊の門のそばに、ヘブル語でベテスダと呼ばれる池があった。そこには五つの廊があった。
三 その廊の中には、病人、盲人、足なえ、やせ衰えた者などが、大ぜいからだを横たえていた。〔彼らは水の動くのを待っていたのである。
四 それは、時々、主の御使がこの池に降りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時まっ先にはいる者は、どんな病気にかかっていても、いやされたからである。〕
五 さて、そこに三十八年のあいだ、病気に悩んでいる人があった。
六 イエスはその人が横になっているのを見、また長い間わずらっていたのを知って、その人に「なおりたいのか」と言われた。
七 この病人はイエスに答えた、「主よ、水が動く時に、わたしを池の中に入れてくれる人がいません。わたしがはいりかけると、ほかの人が先に降りて行くのです」。
八 イエスは彼に言われた、「起きて、あなたの床を取りあげ、そして歩きなさい」。
九 すると、この人はすぐにいやされ、床をとりあげて歩いて行った。その日は安息日であった。
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