インドの神話
『インド・ペルシャ神話と傳說』(馬場吉信・松村武雄編、昭和八年)からインド神話のシヴァ物語をいくつか抜き出してみました(下のハイパーリンクをクリックするその言葉に飛びます)
シヷ物語 
一　シヷの主權
二　サチーの薄命 
三　シヷの忿怒 
四　ウマー姬 
ヴィシュヌ神は「シヴァ神も梵天もたゞ一にして宇宙の創造と保存と破壊との為に異なつた名前を帯びているに過ぎない」と言い下記の三位一体という言葉を述べています(キリスト教は父なる神と子なるイエスと聖霊の三位一体です)
吾々は三位一體にして萬物の中に遍在してゐるのぢや。
シヷ物語 
一　シヷの主權
この物語はブラーマ(梵天、卽ち創造神)が諸神並びに聖徒たちの問に答へて語つたものとして傳へられてゐる。 
一切の生物も一切の世界も、すべて平等にして分離することの出來ないやうな不動鎮静の狀態に分解してゐた萬物創造の夜に、
吾は大ナーラヤナ(太陽神)、卽ち、一千の眼を有し、全智全能にして、實在であり同時に非實在であるこの大宇宙の靈が、千頭の蛇『無限』に支持されつゝ、渾沌として形なき水上に 凭りかゝつてゐるのを見た。
さうして吾はこの靈の魔力にそゝのかされて、思はず手をこの永遠の實體に 觸れて、尋ねた。 
『御身は何者であるか、語れよ』と。 
すると向うは蓮の如き眼を眠たさうにして吾の方に向けて、つと立ち上つて、微笑しながら答へた。 
『わが子よ、汝の光輝ある祖先を歡んで迎へよ』と。
 しかし吾はこの意外なる一言に立腹して、 
『おゝ罪なき神よ、御身は弟子に對する敎師の如く、吾を『わが子』と呼ぶのぢやな? 
抑々吾は創造と破壊との源にして、幾萬世界の構成者であり、また萬物の根元にして靈であるのだぞ。
何故、汝はかゝる吾に向つて斯くの如き愚かしき言を吐くのかを言つてくれい』
と云ふと、向うはかう答へた。 
『そなたは吾がナーラーヤナであることを知らないのか? 
世界の創造者、保存者にしてまた破壊者であり、永遠の男性、宇宙の不滅の根元であり、中心であることを、
卽ち吾は毘瑟拏(遍照天)であることを知らないのか?
そなたもまた吾が不滅の身體より生れ來つたのであるから、吾が子でなくて何であらうぞ』 
かくしてこの渾沌無形の水の上で吾々二人の間に荒々しき爭論が交されることになつたが、
恰もこの時、光輝燦然たる『リンガム』、卽ち、初めも中間も終りもなく、たとふることも出來ず、說くことも出來ない、幾百の世界を燒きつくす焰の如き火焰の柱が吾々兩者の前に現はれたので、二人の論爭は自らにして中絶することになつた。
聖なるヴィシュヌはその敷多の火焰に呆気に取られた態で、同樣に驚いてゐた吾に向つて、今迄の論爭も忽ち忘れたる如くに言つた。 
『吾々は直ちにこの巨大なる火焰の源を索ねて見よう。
吾は下方に降つて行くから、そなたは全力をつ くして上方に昇つて見られよ』 
それから毘瑟拏は、白く鋭き長い牙と長さ鼻を有し、太聲、短足にして、勝ちほこり、强く逞しくして、眞に比類なき、身の幅幾千里もあるといふ、泰山の如き巨大なる野猪となつて下へ下へと沈んで行つた。 
かくして一千年間といふものは、絶えず下方に突進しつゞけたけれども、遂にかの『リンガム』の源を見届けることは出來なかつた。
その間に、一方、吾は、全身雪白にして、火の如き眼を有し、八方に巨翼を備へ、風の如く飛ぶこと速き巨大なる白鳥となつて、
これ又一千年間といふもの、絶えず上へ上へと飛翔 しつゞけて、火柱の盡くる處を求めたけれども、遂に求めることが出來なかつたので、すごすごと元の場所に引き返して來ると、疲れて、驚いて、同じく元の所に昇つて來る大ヴィシュヌに出會つた。 
その時シヷ大神が吾々の前に現はれたので、曩にその魔法に欺かれた吾々はこの大神に會釋をした。 
同時に四方八方から鮮かな長く續く聲で『オム』(唯一實在の意)と云ふ音が起つて來た。
ナーラーヤナは、シヷ大神に向つて言つた。 
『吾々の論爭は大事に至らずに済んで仕合せであつた。
御身、神の中の神が現はれて來たゝめにそれが中絶したからぢや』
するとシヷ大神はヴィシュヌに答へた。 
『そなたは眞に世界の創造者、保存者にして、又破壊者である。
わが子よ、この活動と静止との世界を維持せられよ。
吾は不可分の主權者にして、また創造し保存し破壊するブラーマ(梵天)、ヴィシュヌ(遍照天)、及びルドラの三者である。
そなたはこのブラーマを撫育せられよ。
彼は次ぎの時代にそなたから生れるだらうから。
又その時にはそなた達兩人は再び吾に見ゆるであらう』 
かう言つて大神は姿を消してしまひ、それと同時に火焰も見えなくなつてしまつた。
さうしてそれ以來、天國、地球、地獄の三界には『リンガム』の崇拝が行はれることになつたのである。 
二　サチーの薄命 
遠い遠い昔、ダクシャといふ神々の主があつた。
この主神はマヌ(立法者)の娘のブラスチと結婚して十六人の女兒を儲けた。
その末の娘のサチーは卽ち後にシヷ神の妃となつたのである。
しかしこれより前、 この婚姻は父親ダクシャが好 まなかつた。
彼はシヷ神の不評判な行爲や、祭儀に招かれた際にダクシャに敬意を表しなかつたと云ふやうなことからシヷ神を嫌忌してゐたからである。
又その爲めにダクシャは、 シヷ神は諸神への献げ物には少しも與かれないやうにと云ふ呪咀をさへしてゐたのだつた。
所がシヷ神 の側の婆羅門たちはその反對に、ダクシャは物質的快樂と華美なる儀式とに一生を浪費するやうに、またいつかは山羊のやうな顔をするやうにと云ふ呪咀をしたのだつた。  
さて、サチーは成長するにつれて、シヷ神に思いを寄せるやうになり、密かにこの神を一心に心に念じ てゐた。
やがて婚期に達すると、父なる神は姫のために『スワヤムヷラ』、卽ち自由なる婿選みをさせることにして、シヷ神だけは除外して、遠方此方から色々な神々や君主たちを大宴會に招待した。
客人たちが悉く一堂に集まると、サチー姫は手に花環を持ちながらその場に連れられて來た。
然るに廣間の何處を探 しても吾が戀ひしたふ大神の姿は見えなかつたので、サチーは自暴になつて、空中高く件の花環を投げ上げさま、これを受けさせ給へよ、とシヷ神に呼びかけた。
父親並びに客人たちが呆氣にとられて見てゐると、忽ちシヷ神が廣間の眞中に現はれて、しかもいつの間にかその花環を頸にかけてゐた。
ダクシャ神も最初の約束の手前、不承々々に姫に結婚を許して、型の如く婚禮の式を擧げさせ、シヷ神はサチーの手を取つてカイラース城へと歸つて行つた。 
このカイラース城は白雪覆ふヒマラヤ山の遙か彼方にあつたが、シヷ神は其處で王者の生活をなし、數多の神や聖徒たちから尊崇されてゐたけれども、
實はその宮殿で嚴しい生活をするよりも、體に墨を塗つて乞食のやうな姿になり、ぼろぼろの衣服を著たサチーを伴つてあちこちと山間をさまようて日を送る方が多かつたのである。
又時としては踊り廻る小鬼に取り巻かれつゝ、火葬場に現はれ、怖ろしい儀式に加はることさへあつたのである。 
ある日ダクシャ神は馬の大献供を行ふことになつて、例の如くシヷ神だけは除外して、その他の總ての神々に供養物の分配に與かりに來てもらふやうに招いた。
さうしてヴィシュヌ神への献げ物はその中の主なるものであつた。
やがてサチーはその神々がいそいそとダクシャ神の許をさして出かけるのを見ると、良人に訊ねた。 
『神々はインドラ神(帝釋天)を先頭として何處へ出かけるのでございませう。
何事があるのでございませうかしら』
良人のマハーデヴァ(シヷ神の異名)は答へた。
 『あれは神々の主のダクシャ殿が馬の献供をされるので、神々は皆その方へ出かけてゐるのぢや』
 『それならば何故あなたもその大儀式の場へいらせられないのでございませう?』
 『神々の間には何か目論見があつて、かういふ供養には俺を仲間に入れないのだと見える』
それを聞くと女神はむらむらとなつて、叫ぶやうに言つた。 
『萬物の中に住せられ、力に於ても光榮に於ても比類なき大神たるあなたが供養の式から除物にされるといふのはどうしたことでございませう。
どんな罪障消滅の苦行をし、どんな贈物を妾が致しますれば、 一切の思想に超越せられるわが君は、この供物の分配にお與りになり、いや、供物の三分の一、或は半分をも御自分のものとなさることが出來るのでございませう?』 
すると シヷ神 はサチーの優しい心掛を滿足に思つて、相手ににつこりと微笑はしたが、かう言ひにごした。 
『あれ等の供物は自分には取るに足らぬものである。
自分には『サーマ吠陀』の讃歌を誦するもの達が供物をそなへてくれるのぢや。
自分の歸依僧は、何等司會の婆羅門なぞを要しない眞の智慧の供物をさゝ げてくれるものがそれである。
又それが自分の分前なのぢや』
しかしサチーはその言葉に承服せずして答へた。 
『女に向つて言拔をなさることは難しいことではございますまい。
とも角も、せめて妾にこの場合父の家に參ることをお許しなすつて下さいまし』 
『招待もなしに行かうと云ふのか?』
 『娘が父親の家に參るのに招待は要らないと存じます』 
『では行つておいで』
とシヷ神は澁々言つて、
『しかし善くないことが起つて來るよ。
ダクシャ殿はきつ とお前の面前で俺を侮辱したことを言ふだらう』
かくしてサチーは父親の家へ行くと、家には招じ入れられたけれどる、素氣ない取扱ひを受けた。
それと云ふのもサチーは良人の牡牛に乗り、乞食の衣服をつけてゐたからであつた。
サチーはたまり兼ねて父親に訴へ、シヷ神を蔑にしたことを父親に詰つた。
しかしダクシャは却つてかつとなつて、罵詈雑言を逞しうし、シヷ神を『小鬼の王』、『乞食』、『灰拾ひ』、長髮の瑜伽敎者なぞと嘲つた。
そこで、サチーは相手に答へた。 
『シヷ神は萬物の味方でございます。
あなたの外には誰もその惡口を申すものはございません。
あなたの言はれることは神々は皆な知つて居りますけれども、皆なシヷ神を崇めて居ります。
妻たるものは、良人の罵られるのを聞く時には、罵るものを殺すことが出來なければ、耳に手をあてゝその場を去るべきも のでございます。
 またその力あらば自分の生命をも投げ出すべきものでございます。
妾はあなたの如き方から生れたことを恥かしく思ひますから、今妾はその最後の手段を取つてこの通りに身を棄てませう』 
かう言つて哀れにもサチーは、體の內部より身を燒きつくす熱火を起して、ダクシャの足元で死んでしまつた。 
三　シヷの忿怒 
この悲報はナーラダによつてシヷに傳へられた。
シヷ神はそれを聞くと烈火の如くに怒つて、吾と わが頭から一束の毛髮を毮りとつて、それをばはつしと地上に擲げつけた。
するとその長身は地上から天にまでも屆くと云ふ恐ろしい惡鬼のヴォーラブハードラ が大地から跳び出して來た。
彼は叢雲の如く暗く天を覆い、一千の手と、爛々と輝く三つの巨眼を有し、髮は火の如く燃えて、頭には幾多の頭蓋骨よりなる一種の花冠をいたゞき、腰には幾つもの恐るべき武器を帶びてゐるといふ譬ふるものもなき獰猛なる怪物であつた。
この惡鬼が今シヷ大神の足元に禮拜して、御意は如何にと訊ねた。
相手は答へた。 
『ダクシャに俺の軍隊をさし向けて、その供養をぶつ毀せよ。
婆羅門なぞは少しも恐るるな。
そなたはこの俺の分身なのぢやから』 
そこでかの恐ろしい魔軍がシヷ神の分身に率ゐられてダクシャ神の供養の場へと嵐の如くに現はれて來て、供物の器物をぶつ毀し、供物を汚し、僧侶たちを凌辱し、
最後にヴォーラブバードラはダクシャの首を切り取り、インドラ神(帝釋天)を踏み附けにし、ヤマ神(死の神)の官杖をぶち折り、神々を籾殻のやうに四方八方に追ひちらし、散々に亂暴狼藉を働いてシヷ神の都カイラースへと歸つて來た。
其處にはシヷ神が、起つたことは何にも知らないやうに、身動きもせずにぢつと坐つて、深い思ひに沈んでゐた。 
一方惡鬼から散々な目にあつた神々は梵天を訪ねて、その意見を求めた。
梵天はヴィシュヌ(遍照天)と共にダクシャ神の供養の式典には參列してゐなかつた。
それと云ふのも斯ういふことになることを旣に豫知 してゐたからである。
梵天は神々から意見を求められると、皆なにシヷ神と媾和するやうに勸告した。
この大神は、かうと思ひ立てば宇宙を破壊することが出來るのであるからと云ふのであつた。
そこで遂に梵天自ら神々とカイラース城へと出かけることになつた。
來て見ると、シヷ神はキンナラ(緊那羅)の庭園で、高さ百里、その枝八十里に亘るといふ菩提樹下に坐つて深い物思ひに沈んでゐた。 
楚天はシヷに向つてダクシャを恕してやり、また神や聖徒たちの手足を直してやるやうに願つた。 
『供物は御身に呈するから、それを受けて、供養の式を完からしめるやうにさせて頂きたいのぢや』
と梵天は言つた。 
するとシヷは答へた。
『ダクシャはほんの子供ぢや。
それで吾は彼をば罪を犯したものとは考へてゐない。
けれども彼の頭は旣に燒いてしまつたから、その代りに山羊の頭を附けてやらう。
さうしてその折れた手足も直してやらう』
そこで神々はシヷ神の優しい心を感謝して、祭典にシヷ神を招待した。
今ではダクシャも懇ろにシヷ神を遇し、式典は滞りなく行はれ、ヴィシュヌ神もまた金翅鳥に乘つてその場に臨んだ。
ヴィシュヌ神はダクシャに言つた。 
『たゞ無智のものゝみ吾とシヷとを異なれるものと思ふのぢゃ。
しかしシヷも、吾も、梵天も、たゞ一にして單に宇宙の創造と保存と破壊とのために異なつた名前を帶びてゐるに過ぎないのちや。
吾々は三位一體にして萬物の中に遍在してゐるのぢや。
されば賢者は一切の他のものをも自身の如く見做すのである』 
そこで總ての神々も聖徒たちも、シヷとヴィシュヌと梵天とに恭ゝしく禮拜して、夫々自分の住所へと 去つて行つたが、シヷ神はカイラース城に歸ると、又しても深い深い夢想に沈んでしまつた。 
四　ウマー姬 
薄命なりしサチーは大ヒマラヤ山の娘となつて再生し、そのためにウマーと呼ばれたが、素性の上からその姓をハイマーヴァチーと言はれ、また『山の娘』、卽ちパールヴァチーとも云はれてゐた。 
さうしてその姉は卽ちかのガンヂス河であつた。
ウマーは幼年時代から只管シヷ大神に心を傾け、夜々そつと寝床を ぬけ出ては、大神のために花や果實を供へたり、また火を焚いたりするのだつた。
さうしてある提婆(神)は或日、ウマーはいつかはシゲ神の妃となるだらうと豫言した。
それを聞くとその父親は非常に得意に なつて、何とかして自分の娘をば大神と許婚の仲にしようとしたが、
しかし肝心の大神は依然として外界のことはすつかり忘却してしまつて、一切の活動をば専ら自分の內心に集中して、深い深い沈思默想に沈んでゐるので、如何ともする術がなかった。
そこで遂にウマーをシヷ神の召使ひとして、何かと大神の用足をさせるやうにしたけれども、大神の心に愛情を起させることは愚か、深い默想から大神の心を他に轉じさせることすらも出來なかったのだった。
恰もその頃ターラカと云ふ恐ろしい惡鬼が暴威を振つて、四時の氣候を狂はせてしまひ、供物を破壊したりして、神々並びに人間たちを一方ならず悩ませたが、
この惡鬼は過去に於て難行苦行を行つたかどによつてブラーマ(梵天)から特別な力を賦與されてゐたので、神々もこれには手の下しようがなかつたのだつた。
そこで神々は梵天の許をたづねて、懇ろにその助けを乞うた。
しかし梵天は、惡鬼とは云へ、自 ら力を與へてやつたものに向つて戰ひを仕かける譯には行かないと云ふ次第を説明して、
たゞシヷとかのパールヴァチーとの間に男子が生れるやうにさせよう、さうすればその子が他日神軍を率ゐてこの惡鬼を征服するやうになるだらうと約束した。 
そこで神々の主インドラ(帝釋天)は戀愛の神カーマデヴァの處へ行つて、右の一部始終を話してその助力を乞うた。
カーマデヴァは助力することを約して、自分の妃の『情』並びに自分の友達の『春』と共にシヷ神の住んでゐる所へと出かけて行つた。
山々は『春』が來たので、雪は融けてしまひ、木々は美しい花を裝ひ、青葉に飾られ、鳥や獸は配遇を求めはじめた。 
しかしたゞシヷ神のみは依然として獨りしょんぼりと夢想に耽りつゞけてゐた。 
これには遉がの戀愛の神も呆氣に取られてしまつたが、次ざにウマーの絶世の美貌を見ると茲に新しい勇氣を奮ひ起した。
彼はシヷ神の精神集中の弛みかけ、可憐なるパールヴァチーがシヷを拝しに近づいた時を見すまして、弓を滿月の如く引き絞つて女を射ようとした。 
すると大神は直ちにそれに氣が附いて、その三つ目の眼から稲妻の如き火光が發して、可哀想にもカーマデヴァをすつかり燒きつくしてしまつた。 
それからそのまゝシヷは其處を去つてしまつたので、パールヴァチーの父親はすつかり斷念して、姬を大神の家から連れ去ることになつた。
それ以來、戀愛の神カーマデヴァには又『アナンガ』、卽ち『體無し』 (或は『無形』) と云ふ名が附くことになつた。
但し體は無くなつたけれども、死滅したのではなかつたのである。
しかしかくして妃の『情』が良人の形の無くなつたことを歎き悲しんでゐると、天の一方から聲がして、かう言つた。 
『そなたの良人は永久に失はれたのではない。
シヷ神がウマーと結婚する時に,シヷ神からの新婦への贈り物として,そなたの良人は再び肉體を得ることになるだらう』
一方、パールヴァチーは自分の美しさの無益なことを責めた。
何となれば如何に美しく愛らしからうとも、その美を愛してくれるものがなければ、何の役にも立たないと思つたからである。
そこで遂にシヷ神に傅くことは止めて、『サンニャーシニー』、卽ち女の隠僧となつて、美衣も玉飾りも投げすてゝしまひ、髮を亂し、隱僧の樹皮の衣をつけて、
淋しい山奥に隠退し、其處で一心にシヷ神を念じ、またシヷ神の好むやうな峻嚴なる苦行を行つて、その日その日を送ることになつた。 
するとある日婆羅門の青年がウマーの許をたづねて、その確固不抜の信仰を褒めたゝへたが、
かくも美しくき若き身空で、しかも萬事心のまゝになる身でありながら、何故かゝる嚴酷なる克己の生活をしてその日その日を送つてゐるのかと尋ねた。
ウマーは自分の身の上話をし、さうして戀愛の神が燒き盡されて以來、かういふ信仰の生活以外にはシヷ神の滿足を嬴ち得る術はないと云ふやうなことを說明した。
それを聞くと青年は、シヷ神の不吉なる行爲の數々――毒蛇を身に著け、血塗れの象の皮を身に纏へることだの、火葬場に住んでゐることだの、牡牛に乘り、貧乏で素性の判らぬことなぞを言つて、シヷ神に思ひを寄せることを止めさせようとした。
するとウマーは腹を立てゝ、自分の愛情は、シヷ神について、眞にしろ偽りにしろ、どんな事が云ひたてられようとも毫も變るものではないと云ふことを斷言して、尙ほその上に大神の辯護をした。
これを聞くと 婆羅門の青年は忽ち今迄の假面をぬいで、餘人ならぬシヷ大神の本體を現はし、しかも相手に愛情の意を示した。
そこでパールヴァチーは家に歸つて、父親に自分の一念の届いたことを語り、結婚の準備は型の如く行はれることになつた。
遂に婚禮の日が來たので、シヷ神はブラーマ及びヴィシュヌに伴はれ、凱旋式 のやうな行列を作つてヒマラヤの都に乘り込み、膝までも深く花を撒きちらした街路を進み、やがて婚禮の式が済むと、シヷ神は新婦をカイラースへと連れ去つた。
但し、その前に神は 戀愛の神に肉體を戻してやつて、淋しく暮らしてゐたその妃に良人を歸してやつたのは勿論であつた。 
長い間シヷ神とパールヴァチーとは ヒマラヤの樂園で幸福に暮らしてゐたが、遂に火の神が神々の使者となつてシヷ神の許をたづねて、神々の難澁を救ふべき男子を儲ける約束を未だに果たさないことを責めた。
そこでシヷ神は天の杯種を火の神に與へ、火の神はそれを持つて去り、最後にそれをガンヂス河に渡すと、聖河卽ち女神 (サチーの姉)は六體の昂宿が明方河で沐浴をしに來るまでそれを保存することになつた。
それから昂宿がその杯種を蘆で出來た巢に入れると、やがて天の杯種は天孫クマーラ、 卽ち未來の軍の神となつた。
するとシヷ神とパールヴヴァチーとはこの天孫を蘆の巢からカイラースへと連れ去り、クマーラは其處で幸福な少年時代を送ることになつた。
やがてクマーラは逞しき青年となると、神々はその助力を求めに來たので、シヷ神は最初の約束の如くクマーラを神軍の大將として遣り、惡鬼ターラカの軍と戰ひ、遂に首尾よく惡鬼を征服して、神々及び人間の世界に再び平和を齎らすことになつた。
シヷとパールヴァチーとの第二子はガネシャ、或はガナバチである。
これは智恵の神で、障害の除き手である。
ある日自慢の母親がついうつかりとサターン星(土星)に自分の子供を見てくれと云ふと、サター ン星はその毒ある眼で一眼見て、子供の頭を灰にしてしまつたので、
パールヴァチーは驚いて梵天に助力を乞ふと、梵天はパールヴァチーが最初に出會したものゝ頭を子供の頭に置きかへるやうに話した――しかしそれは象の頭であつた。
ガネシャが白象の頭をしてゐるのはかゝる由來に基くのであつた。 
Office Murakami