北欧の神話

「北歐�~話傳說集」(松村武雄編、昭和拾年)から北欧神話をいくつか抜き出してみました(下のハイパーリンクをクリックすると小見出しに跳びます)

宇宙創成の�~話

極寒界と極熱界

巨人族及び�~々の誕生と大洪水

天地萬物の創成

侏儒と妖�奄ﾆの發生

�~々の住居

人類の創造

世界樹イグドラジル

極寒界と極熱界

太初は空の空であつた。

そこには眼にふれるものが何も無かつた。

無限に廣がつてゐる虛無ギンヌンガ・ギャップ といふ深淵があるだけであつた。

ギンヌンガ・ギャップとは、『顎を開いた決裂』といふ意味である。

この深淵は、永への薄闇の中にひたすら廣がりに廣がつてゐたので、その大きさも深さも、到底測り知られる限りではなかつた。

茫々たるギンヌンガ・ギャップの深淵の北の果と南の果とに、二つの世界ならぬ世界があつた。

北の果にある世界を、ニフルハイムと呼び、南の果にある世界をムスペルハイムと呼ぶ。

ニフルハイムは極寒の世界である。

暗�Kの世界である。

そこには物凄い霧と闇とが永へにすべてを閉じこめてゐる。

この世界のただなかに、いつまでも盡きることのない泉が湧 いてゐる。

泉はフフェルゲルミルと呼ばれた。

泉からは、氷のやうに冷たい水が滾々と迸り出て、十二の河となつて流れ出てゐる。

流れ流れて行くうちに、ギンヌンガ・ギャップから吹いて來る劔のやうな疾風に觸れて、山なす氷の塊となる。

氷の塊は、悠々と轉がりつづけて、はてはギンヌンガ・ギャップの底知れぬ深淵に、雷のやうな響を立てて墜ち込むのであつた。

ムスペルハイムは極熱の世界である。

火と光熱との世界である。

この世界のただなかに、スルトルと呼ばれる絕大の巨人が坐り込んで、極熱界の四邊を衞つてゐる。

スルトルの手には、火焰の劔がしかと握られてゐる。

巨人は絕えず凄じい勢で、劔をふり廻す。

ふり廻すたびに劔の刄から切尖から、閃々たる火花が雨のやうに降りこぼれて、深淵の底に��つてゐる氷の塊の上に墜ちる。

途端に耳を聾するやうな音がして、濛々たる蒸氣が、數知れぬ雲となつて、高く高く舞いのぼるのであつた。

勢猛に立ちのぼつた蒸氣の雲が、氷寒世界のニフルハイから吹きすさんで來る冷たい風に凍つて、宇宙に堅くかたまつたとき、それが測り知られぬ、大きな魔物として活きて動くやうになつた。

巨魔の名をイミル若くはオルゲルミルと云ふ。

『沸きかへる塊』といふ意義である。

凝 り固まつた氷の魔であるから、時としてリムツルス (『氷霜の巨人』の意)と呼ばれること もある。

『古エッダ』の詩篇は、この氷の巨魔を歌つて、

古き昔

イミルが住みし頃には、

砂無く海無く、

凉しき波も無かりき。

大地を見出されず、

はた天空も有らず、

すべては一の混沌にして、、

いづこにも草を生ぜざりき。

と云つてゐる。

茫々たる虛無の中に生れ出た氷の魔イミルは、食物を探し求めて、闇の中をうごめき廻つてゐた。

その うちにアウヅムブラといふ絕大な牝牛を見出した。

アウヅムブラとは『��育するもの』といふ意味である。

この牛も、濛々たる蒸氣の雲が冷えて凍つて生れ出たものであつた。

イミルは喜んで牝牛の側に駈け寄つて行つて、見ると、大きな乳房から雪のやうに白い乳汁が四つの川 となつて滾々と流れ出てゐる。

イミルは日每その乳汁を飮んで命をつなぐことにした。

巨人族及び�~々の誕生と大洪水

絕大の牝牛アウヅムブラも、生きてゐる以上、何かを食べてその命をささへなくてはならぬ。

アウヅムブラは、大きな、そして粗くて堅い舌を出しては、氷の塊にこごりついてゐる鹽を嘗めてゐた。

晝となく 夜となく嘗めつづけてゐるうちに、氷の塊の中から、男の頭髮が現れて、頭が現れて、それから全身が現れ出た。

氷の塊の中から飛び出して來たのは、ブリといふ�~であつた。

體が大きくて、力が强くて、容貌の麗しい�~であつた。

そして�閧烽ﾈくボルといふ男の子を生んだ。

かうして�~々が生れ出るやうになると、巨魔イミルも、巨人どもを產み出すやうになつた。

ある日イミルは、乳汁に飽いて、うたた寢をしてゐるうちに、體中に汗をかいた。

と思ふと、左の腋の下から一人の男と一人の女とが生れ、足から六つの頭を持つた男が生れた。

六頭の怪魔は、ベルグルミルと呼ばれた。

�~々の永久の敵となつた『霜の巨人』どもは、 みなその子孫である。

�~々と巨人共が現れると、その�閧ﾉ激しい戰が始まつた。

�~々は善きもの義しきものの力として、巨人どもは惡しきもの邪なものの力として、どうしても仲よく暮して行くことが出來なかつたのである。

しか しいつまでもいつまでも闘つてゐるうちに、双方もやや爭に飽いて、ボル�~が、ボルトルン(『惡の荊』の義)の娘ベストラを娶るることになつて、オーディン、フィリ、フェといふ三人の�~をまうけた。

この中のオーディンこそ、ゆくゆく�~々の王者となつて、あらゆる世界を支配すべき運命を持つた、最も高く最も偉い�~である。

三人の�~々が生れると、すぐに父のボル�~を援けて、また巨人どもと烈しい戰を開いた。

巨人族の頭領であるイミルは血みどろになつて、荒れまはつたが、たうとう三人の�~に斬りさいなまれて、凄しい叫聲とともに、丘を覆すやうにどうと倒れた。

と見ると、傷口から紅の血が潮のやうに噴き出して、大きな河 となり、はてはあたり一面に恐ろしい血の洪水を引き起した。

首領の敢ない最期に氣ぬけがしてゐた巨人どもは、驚き騷いで、あちらこちらに逃げまどつてゐたが、たうとう一人殘らず滔々たる血の流れにおしながされて、苦しみもがきながら、溺れ死んでしまつた。

ただベルゲルミルといふ六頭の巨人だけは、 おのが妻と一しよに一艘の船に乘り込んで、血の海の上を漕いで漕いで、世界の果の果まで逃げて行つてしまつた。

ベルゲルミル夫婦が落ちて行つた世界は、ヨッツンハイムと呼ばれる。

二人はこの世界に住み留つて、新しい『霜の巨人』どもを生んだ。

『わしたちが、こんな寒いわびしい世界に住まねばならぬやうになつたのも、全く�~々のせゐだ。

思へば憎い奴等ではある。』

ベルゲルミル夫婦は、いつも口癖のやうにかう話し合ふのであつた。

だから霜の巨人どもも、兩親の恨をうけついで、�~々を目の敵のやうに思ひなし、折さへあると、自分の世界から脫け出して、�~々のゐるところに襲ひかかるやうになつた。

天地萬物の創成

�~々は、その强敵である巨人どもにうち勝つことが出來たので、茫々たる虛無の空際を普く見渡して、確かな、そして住みよい世界を造らうと決心した。

オーディンは、フィリとフェ とに對つて、

『わしたちは、先づしつかりした、形のある世界を造らなくてはならぬ。

それには巨魔イミルの體を使ふのが、一番好いと思ふ。』

と云つた。

フィリとフェとはすぐにそれに同意した。

そこで三人の�~は、イミルの大きな體を、ギンヌンガ・ギァップのただなかに引き摺つて來て、體の肉で 大地をつくり、流れほどばしる血で海をつくり、大 きな骨で山や丘をつくり、顎や齒や碎けた骨で大石小石をつくり、髮の毛で樹や草をつくつた。

�~々は、大地を宇宙の眞中に据ゑた。

そしてそのまはりに、隈なくイミルの睫毛を植ゑて堅固な砦とし、またそのまはりに海をひきはへて、二重の砦とした。

『大地は、ゆくゆく人�閧ﾆいふものの住居となす筈ぢや。

だから出來るだけ守備を固くして、巨人どもの災から免れるやうにしてやらなくてはならぬ。』

オーディンはかう云つて、フィリとフェとを顧みて、快げに微笑んだ。

それからミルの大きな頭蓋骨を大地の遙か上に投げあげて、圓い天空をこしらへ、頭脳をそこに撒きちらして、羊の毛のやうな雲をこしらへた。

投げ上げただけでは、天空が墜ちて來る心配がある。

そこで�~々は、力の强い四人の侏儒を世界の四隅に送つて、その肩で天空を支へさせることにした。

東の隅を支える侏儒はアウストリと呼ばれ、 西の隅を支へる侏儒はウェストリと呼ばれ、南の隅を交へる侏儒はスードリと呼ばれ、北の隅を支へる侏儒はノルドリと呼ばれた。

英語で東西南北をそれぞれ East, West, South, North といふのは、これがためである。

たしかな、形ある世界が、かうして出來上つた。

しかしまだ光がない。

光がなくては、ありとある世界は、恐ろしい常暗にとざされてゐなくてはならぬ。

そこで�~々は、極熱世界ムスペルハイムから迸り出る數知れぬ火花を採りあつめて、廣々とした空に撒きちらした。

火花は大空に煌きわたつて、世界を明るくするやうになつた。

人の子が星と呼んでゐるのが、これである。

それから�~々は、ムスペルハイムから閃めき出した最も大きな二つの火花を天空に投げ上げた。

人�閧ｪ大陽と月と呼んでゐるのが、それである。

�~々は、太陽と月とのために、美しい黃金の車をつくつた。

そして太陽をのせた車に、アルファクル (若くはアアルファックとも云ふ。『朝早く目を覺すもの』といふ意味である。)といふ馬 と、アルスフィン (『退く行くもの』の義)といふ馬とをつなぎ、月をのせた車に、アルスフィデル (『全く速かなるもの』の意)といふ馬をつないだ。

月の光は蒼白くて冷たいが、太陽の光はあらゆるものを燒きつくすやうに熱い。

だから�~々は、太陽の車をひく馬のために、 二つの革袋に冷たい空氣をつめて、その肩に結びつけ、またスファリン (『冷やすもの』の義)と いふ楯をつくつて、車の前部にかけることにした。

楯が、太陽の光線をさへぎつてくれなければ、馬は見る見る燒け爛れて、はては燃滓となつて、大地に墜ちて行くにちがひない。

かうして太陽と月とは、もう動き出すばかりになつたが、馬を導いてくれるものがないと、日每正しい 路を往來することが出來ぬ。

『誰に馬を驅らせることにしよう。

うつかりしたものに、この役を任せると、大變なことになつてしまふのだから。』

�~々はかう云つて、普く世界を見渡すと、ムンディルファリといふ巨人の子たちに目がついた。

ムンディルファリは一人の男の子と、一人の女の子を持つてゐた。

二人とも、容貌がすぐれて麗しかつたので、ムンディルファリは、それが誇らしくてたまらなくて、男の子にマニ(またはマーネ) といふ名をつけ、女の子にソルといふ名をつけた。

マニは『月』のことであり、ソルは『太陽』のことである。

�~々は、この二人に、太陽と月との馬を導かせようと決心した。

そこで巨人ムンディルファリに相談して 二人を貰ひ受けて、これを天空に送つた。

『そなたたちは、空にのぼつて、太陽と月とに正しい路を往來させてもらいたい。

少しでも路をあやま ると大變なことになるのだから、よく氣をつけるように。』

�~々からかう云ひつかつた二人は、天空に昇つて行つて、ソルが太陽の道しるべをつとめ、マニが月の道しるべをつとめることになつた。

つぎに、�~々は、巨人の世界ヨッツンハイムからノルフィといふ巨人の娘ノット(『夜』と いふ意味)を呼びよせて、『夜の車を掌らせることにした。

『夜の車』は闇の色をしてゐる。

そしてそれを 牽く馬も、墨のやうな�K毛である。

�K面のノットが靜かに鞭を振ると、�K毛の馬は、長い長い鬣を搖がせて、徐ろに『夜の車』をきしらせ始める。

搖れうごく鬣からは、露と霜とが、ふりこぼれて、音もなく大地に墜ちる。

かうして人�闃Eに夜が來るのであつた。

夜の乙女ノットは、デリング (『曙』を意味する)といふ�~と結婚して、ダグ(『晝』を意味する)といふ、光り輝く美しい男の子を生んだ。

�~々は、ダグの輝かしい姿を見ると、これを呼び出して、『晝の車』を司らせることにした。

『晝の車』は華やかに燦めき渡つてゐる。

そしてそれを牽 く馬も、まぶしいやうに光る白毛である。

白面のダグが靜かに鞭を振ると、白毛の馬は、きらめく鬣を搖がせて、徐ろに『晝の車』をきしらせ始める。

搖れ動く鬣からは、光がさつと閃めき出して、あらゆる世界に明るさと喜びとを漲らす。

かうして人�闃Eに晝が來るのであつた。

しかし善きもの義しきものには、いつも惡しきもの邪なものがつきまとふ。

人�闃Eに光を與へる太陽と月とにも、恐ろしい敵があつた。

それは猛々しい二匹の狼であつた。

狼の一つはスコルと呼ばれ、他の一つはハーチと呼ばれた。

スコルは『反抗』といふ意味であり、ハーチは『憎惡』といふ意味である。

『追つかけろ、追つかけろ。

どこまでも追つかけて、太陽と月とを吞んでしまはなくてはならぬ。

あらゆる世界が再び永への闇につつまれてしまふように。』

二匹の狼はかう叫んで、凄じい勢で絕えず太陽と月を追つかける。

太陽や月の車をひく馬は、それに脅えて懸命に駈け出すのであるが、ときどき狼に追ひつかれて、大きな口の中に嚙みこまれかける。

人の子が日蝕といひ月蝕という現象は、かうして起るのである。

人の子は、世界が急に暗くなりかけるのに驚き怖れて、一齊にあらんかぎりの音を立てたり叫んだりする。

と、流石の狼もびつくりして、嚥みかけてゐた太陽や月を吐き出してしまふ。

月の車を司るマニは、�~々の云ひつけによつて大空に昇つて行つたときに、二人の子供を大地に殘して置いた。

子供の名は、ヒウキと云ひ、ビルと云つた。

ヒウキは『次第に大きくなるもの』 といふ意味であり、ビルは『次第に細くなるもの』といふ意味である。

マニは、子供のことが氣になるので、ある時天界から遙か下なる大地を眺めおろして見た。

と、二人の子供は、意地の惡い男に使ひ廻されて、夜すがら水を運んでゐるのであつた。

マニはすつかり怒り出して、

『あんなひどい男のそばに、大事な子供を置いて行くわけにいかぬ。

ここに呼びよせることにしよう。』

と云つて、二人を大空に呼びよせた。

かうして月は夜ごとに大きくなつたり、細くなつたりするやうになつた。

�~々は、太陽と月と『晝』と『夜』に云ひつけて、一年の月日の進みかたの印をつけさせることにしたばかりでなく、さらにまた『夕方』『眞夜中』『朝』『午前』『正午』『午後』にも、彼等と力を合せて、同じやうな務をすように命じた。

昔の北欧では、1年は夏と冬との二つに分れてゐるだけであつた。

『夏』は、優しくおとなしい男で、あらゆるものから愛せられてゐたが、『冬』は氣が荒くて、意地が惡くて、すべてのものから憎まれた。

北欧の冬はひどく寒い。

そして身を切るやうな風が、絕えず吹きすさぶのであつた。

フリースフェルグル(『屍を嚥むもの』の義)といふ巨人がゐて、鷲の羽衣を纏うて、天界の北の果の果に坐り込んでゐる。

この巨人が羽衣の翼をひろげて、はたはたと煽ると、劔のやうな寒風がさつと吹き出して、容赦なく大地の面を荒れまはつては、あらゆるものを枯れ凋ませるのであつた。

侏儒と妖�奄ﾆの發生

�~々が、大空を造つたり、大地をこしらへたり、世界を照らす太陽や月や星などを調へたりしてゐる�閧ﾉ、巨魔ィミルの肉が次第に腐れ爛れて、そこに夥しい小さなるものが、さながら蛆のやうにうようよとわき出してゐた。

�~々はそれを見ると、

『ほう、變なものが生れ出たな。

あの儘では可哀さうだ。

何とかしてやらなくては。』

と云つて、小さな生物を盡く自分たちの前に集めた。

そしてどうやら人らしい姿になしてやつて、それから不思議な智慧を授けてやつた。

かうして出來上つた侏儒たちには、自ら二通りの差別があつた。

侏儒たちの半分は、體の色が薄�Kくて 狡猾で、噓いつはりの多い性質をしてゐた。

�~々は、それ等の侏儒たちを、スファルト・アルファ・ハイムといふ世界に追ひやることにした。

スファルト・アルファ・ハイムは、大地の下の暗い冷 い世界である。

『お前たちは、大地の底に暮してゐなくてはならぬ。

日の光のさしてゐるときに、上に現れるやうなことがあると、罰として、お前たちの體を石に變へてしまうから、さう心得るがよい。』

�~々からかう云ひ渡された侏儒どもは、逃げるやうに、こそこそと大地の下にある自分たちの世界に入 り込んでしまつた。

彼等は體の色に因んで、『�K侏儒』と呼ばれた。

�K侏儒どもは、晝間大地の上に出ることを封ぜられたので、つれづれの餘り、每日のやうに大地の腹の中を懸命に掘りかへしては、そこから黃金や白銀や寶石などを探り集めた。

そしてそれを誰も知らないやうな岩の割目に隱して置いて、自分の好きなときに取り出しては使ふのであつた。

かうして�K侏儒どもは 非常にすぐれた鍛冶となつた。

侏儒の殘りの半分は、色が白くて美しく、氣立が優しくて素直であつた。

�~々は彼等に對つて、

『お前には、アルフハイムを與へることにする。

氣の向いたときには、いつでも人�關｢界にやつて來るがいい。』

と云つた。

アルフハイムは、天空と大地との眞中にかかつてゐる空中の世界であつた。

白侏儒どもは、そ こに住んでゐて、氣の向いたときには、よく大地に降つて來る。

そして草木や花の世話をしたり、小鳥や蝶と戱れたり、明るい月の光に照らされながら、�高ﾌ草原の上で、風のやうに輕く踊り囘つたりするので あつた。

彼等は、色が白くて光り輝やいてゐたので、『光の侏儒』と呼ばれた。

人の子はまた彼等を呼んで 妖�奄ﾆも云ふのであつた。

�~々の住居

オーディンは、天空を造り、大地を造り、世界を照す太陽や月や星を造り、侏儒と妖�奄ﾆのために、それぞれ住むべき世界を定めてやつたあとで、今度は�~々の住居をこしらへようと思ひさだめた。

ある日オーディンは、�~々やその子孫を自分の側に呼び集めて、

『そなたたちが 、わしに力を協せて、よく働いてくれたので、世界を造る仕事も大分片がついた。

今度はわし達の住む國を定めめようと思ふ。

みんなわしについて來てもらひたい。』

と云つた。

�~々は、その言葉に從つて、オーディンのあとについて靜かに歩き出した。

オーディンは大地の遙か上に��つてゐる、イダフォルドといふ廣々とした平原に�~々をつれて行つた。

イダフォルドの野には、目路のつづくかぎり美しい��草が生え續いて、その果に、イフィングと呼ばれる河が、水晶のやうに澄みきつた水を湛えてゐる。

廣野のただなかに、この世の始めから�~々の住居として取つて置かれた、聖く尊い國があつた。

十二人の男の�~と、二十四人の女の�~とが、オーディンの云ひつけによつて、そこに集つた。

そして會議を開いて、いろいろ話し合つた末に、

『�~の國には、醜い爭があつてはならぬ。

�~の住む國の中では、一滴の血も流してはならぬ。

平和と調和とが、永へにこの國を支配すべきである。』

と固く誓い合せた。

それから猶會議をつづけて、大きな鍛冶場を建てることに話をきめた。

�~々はこの鍛冶場で、さまざまの道具をこしらへて、それを使つて、黃金白銀で目もあやに光り燦めく、壯麗な館を幾つとなく造り上げ た。

その一つごとに一人の�~が住むわけである。

北歐の言葉で、男の�~は、アサ若くはアスと呼ばれ、女の�~はアシンヤまたはアシンユルと呼ばれた。

だから�~々の住む世界を、北歐の人たちは、アスガルド(『�~々の國』の義)と呼んだ。

アサ�~族の主なるものは、男�~では、オーデ ィ ン、トル、バルデル、 チル 、 口キ、プラギ、ハイムダル、ホデル等であり、女�~では、フリッガ、 イヅン、リンダ等である。

だが、天界なるアスガルドに住むものが、北欧の�~々のすべてではなかつた。

海の世界にも多くの�~々が住んでゐた。

海の世界をファナハイムと呼ぶ。

だから天界の�~々がアサ�~族と呼ばれたのに對して、海の世界に住む�~々はファナ�~族と呼ばれた。

アスガルドにまだ數々の黃金の館が出來ない頃、アサ�~族とファナ�~族とは、岩や山や氷山を飛道具と して永い�陜Dひつづけてゐたのであつた。

しかし巨人族といふ共同の大敵を控えてゐるので、兩�~族はたうとう和睦を結んで、力を協せて、巨人どもに當ることになつた。

かうしてフファナ�~族のニオルド、フライ、フライアなども、屢々アスガルドに出入りすることになつた。

人類の創造

�~々は、巨人イミルの肉で大地をこしらへたときから、それを人�閧ﾌ住居とするつもりであつた。

大地 を世界の眞中に据ゑて、これにミッドガルド (『中園』といふ意味)といふ名をつけたのも、全 くそれがためであつた。

それで天空を造つて、大地を造つて、太陽や月や星を造つて、晝と夜、夏と冬などを定めると、今度はいよいよ人�閧�こしらへることに決定した。

『人�閧�造るとして、何を材料にしたらいいだらう。』

『さうだな、何から造つたが一番いいだらう。』

�~々は、每日のやうにかうしたことを話し合つてゐた。

ある日オーディン とヘーニルとロヅルの三�~が、海の端を歩き廻つてゐた。

すると二本の樹が波に漂つ て、磯邊に流れよつた。

それは梣の樹と楡の樹とであつた。

それを見ると、オーディンが面を輝かせて、

『いいことを思ひついた。

あの樹で一對の男女を造ることにしよう。』

と云ひ出した。

『それがよからう。』

と、他の二人の�~も、すぐにそれに同意した。

『三人の�~は、二本の樹を拾い上げて、割つて削つて、一人の男と一人の女とを造つた。

�~々は、それを 大地に据ゑて、ぢつと眺めてゐたが、暫くすると、オーディンが、

『わしは、二人に命と魂とを授けることにする。』

と云つた。

『では、わしは二人に動く力と考へる力とを授ける。』

と、へーニルが云つた。

『では、わしは二人に血と色と聽く力と視る力とを授ける。』

と、口ヅルが云つた。

かうして人類の祖である一對の男女が出來た。

そして男は、梣の樹で造られたので、アスク(梣の樹の義である)と呼ばれ、女は、楡の樹で造られたので、エムブラ (楡の樹の義である)と呼ばれた。

�~々は、アスクとエムブラとをミッドガルドに連れて來て、

『この大地が、そなたたちの住居ぢや。

�堰X子孫を殖して、思ひのままに治めて行くがよい。』

と云つた。

アスクとエムブラは大地を住居として、多くの子供を生み、その子供がまた多くの子供を生んで、やがてミッドガルドは人の子で一ぱいになつた。

�~々は、今までこしらへたさまざまのもののうちで、人�閧ｪ 一番氣に入つた。

『何しろ、わしたちが命や魂などを授けてやつた生物だからな。』

�~々はかう云つて、絕えずアスガルドから大地を見おろしては、人の子に平和と保護とを與へることに してゐた。

だから人の子も心から�~々を仰ぎ尊んで、いつもその味方となつて、ヨッツンハイムの巨人た ちを取り挫ぐことに努めるのであつた。

世界樹イグドラジル

世界樹イグドラジルは、あらゆる民族が產み出したあらゆる�~話の上の觀念のうちで、最る氣高い、そして最も莊嚴なるものである。

�~々の王者オーディンは、ありとある世界をつなぐために、絕大の巨木イグドラジルを造つた。

イグドラジルは、宇宙の樹 であり、生命の樹である。

その枝は高く延び廣くひろがつて、宇宙の�閧ﾉあるすべての世界をささへてゐる。

その根も低く延び深く沈んで、もろもろの世界を貫いてゐる。

中にも、殊に大きな根が三つある。

一つの根は、氷寒世界エルハイムの底の底まで延びてゐる。

根の盡きるところに、フフェルゲルミルといふ泉が、滾々と冷たい水を噴き出してゐる。

泉の側には、二ッドフーグといふ一匹の惡龍が住んでゐて、數知れぬ蟲と一しよに絕�閧ﾈくイグドラジルの根を嚙んでゐる。

一つの根は、巨人の世界ヨッツンハイムに延びてゐる。

根の下には、ミミルの泉が湧いてゐる。

泉の水には、ありとある知慮と機才とが潜み含まれてゐる。

この不可思議な泉を護るものは、ミミルと呼ばれる巨人である。

彼は朝ごとに泉の水を飮むので、智慧が豐かで、普く天が下のことを知つてゐる。

一つの根は、�~々の世界アスガルドまで延びてゐる。

根の下に美しい泉が湧く。

ウルダルの泉と云ふのがこれである。

泉のそばには、運命の乙女ノルンたちが住んでゐて、日每泉の水を世界樹の根に灌いでゐる。

世界樹イグドラジルは、三つの根をしかと蹈みしめて、宇宙の中に高く高く聳えてゐる。

最も高く延びた枝は、アスガルドの上に出て、�~々の王者オーディンの館を天蓋のやうに覆ふてゐる。

この技をレラッドと云ふ。

『平和を與ふるるの』の義である。

レラッドには、一羽の鷲が坐り込んで、光り輝く双 の眼の�閧ﾉ、1羽の鷹をとまらせてゐる。

鷹の名をフェッドフィルニルと云ふ。

フェッドフォ ルニルは、射貫くやうな眼差で、天空と大地と極寒世界ニルハイムとを見つめてゐて、そこに起るあらゆる出來事を知りつくしてゐる。

世界樹にはまたラタトスクといふ一匹の栗鼠が棲んでゐる。

栗鼠は急がしく身を動かして、 絕えず世界樹の幹を上つたり下つたりしてゐる。

低く降つて行つては、氷塞世界にゐる惡龍に、鷲の噂を し、高く登つて行つては、レフッドの枝にとまつてゐる鷲に、惡龍の惡口を云ふ。

かうしていたづら者の 栗鼠は、龍と鷲との�閧ﾉ、烈しい爭を起させようと努めてゐるのであつた。

世界樹イグドラシルは、どうして永へに生きつづけることが出來るのであらうか。

それは、ウルダルの泉のそばに住んでゐる運命の乙女たちが、日每泉の水を灌いでやるからである。

この泉の水には、聖なる力がこもつてゐて、その中に浸つたありとあるものを、卵の殼の內側の薄い膜のやうに白くすると云はれる。

運命の乙女たちが、日每靈の泉を灑ぐので、世界樹は、とこしへに�高ﾌ葉を廣げて、決して凋むことが ない。

イグドラジルの下蔭には、��々とした草が一面に生えしげつてゐて、さまざまの動物のすみかとなつてゐる。

�~々の王者オーディンの山羊ハイドルンもこの草を食べて、�~々の飮物となる無限 の乳を出す。

その他に四匹の鹿がゐる。

一匹はダインと呼ばれ、一匹はドファリンと呼ば れ、一匹はヅナイルと呼ばれ、一匹はヅラトルと呼ばれる。

四匹の鹿は、その大きな角から、絕えず甘い露を滴らせる。

甘い露は、大地に流れおちて、ありとある河の水に溶け込むのであつた。

運命の乙女たちが、世界樹に靈の水を灌いで、その命を長くしようと努めてゐる。

一方では、フフェルゲルミルの泉に蟠つてゐる惡龍二ッドフーグが、

『さあ、かじるのだ、かじるのだ。

懸命にかじるのだ。

イグドラジルは命の樹ぢや。

この木を咬み枯ら しさへすれば、憎いアスガルドの�~々に破滅が來るのぢや。

かじれ、かじれ。』

と、數知れぬ蟲どもを勵まして、一しよになつて、懸命に世界樹の根をかじつてゐる。

かうしてここにも、善いものと惡いもの、義しきものと邪なものとの絕えない爭があるのであつた。

Office Murakami